カフェ辞苑

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2007年 11月 18日

【カフェのある町】

…自宅カフェしながら暮らそうというコミュニティ
<例のコラム>
 建築家の瀬野和広さんのブログで今、「カフェのある町」についての
意見交換が盛り上がっている。
 瀬野さんの友人が所有するという湖畔の700坪の土地の有効利用
をめぐって僕が提案したら、意外に反響があったのだ。
 実はこのコンセプト、数年前に有田町で講演した際に町の役場の人
と会話しているときにひらめいたもの。有田町の町営の分譲地の販促
方法で何かいいアイデアはないものかと問われて即興で答えたのだ
った。
 何故、有田だから「カフェのある町」なのか?
 有田ならば焼き物がある、その焼き物を使えば町起こしにもなるし、
実際に焼き物は売れ、それに気をよくした窯元と流通業者もカフェを
利用するだろうし、一石三鳥くらいの波及効果があるんじゃないです
かあと自慢気味に僕は呟いたのだった。
 だが、「カフェのある町」なんて突飛なコンセプトで募集をかけたって
人は集まるだろうか?
 実は、「それが集まるんですよお!」という勝算もあったのだ。
 弊社が運営するカフェコワンをスタートさせたときが、まさにそうだった。
 実際にカフェを運営したことがなかったので「東京カフェマニア」という
サイトに事情を話して「カフェのオーナー募集」という告知を載せていた
だいたら、来た来た来た〜!!! なんと十数組もの人が「カフェしたいで
す〜!」と押し寄せてきたのだ。ここは表参道かあ〜!と思ったほどの反
響だった。神田ですよ!神田!その頃オシァレなカフェなんて1軒もなか
ったんです、神田には!それが来るは来るは!それも皆さんなかなかいい
アイデア持参で「私ならこんなカフェやりたいい!!!」と意欲満面である。
 そのとき僕は思った。スキあらばカフェを開業したいという人のなんと
多いことか!
 その後、実際にカフェコワンの運営は斉藤さんというソムリエにしてバリ
スタ、しかも当時若干28歳の男性に決まったのだが、その運営の方法
や金銭的な実情を聞くにつれ、これは個人が自宅でやるにはなかなか
理想的なビジネスモデルではないか、という感触を掴み、その具体的
な仕組みを暖めていった次第。
 この背景をもって僕は、勝算を胸に抱いたのだった。
 だが、有田町での企画は例によって町長選挙で話そのものがお流れに
なったのだが、僕は密かに心にこの企画を温め続けていた。
 この「カフェのある町」、有田だけでなく、いくつか与件が揃っていれば
どんな場所だろうが、シナリオを描くことができる。
 もちろん課題もあるが、そこにどんな登場人物を配するかで、幾つかの
シナリオを描くことができ、その複数のシナリオ一挙に解決するマルチプ
ルなアイデア(ポリシー)で一つの物語を完成すれば、その続編としての
実際の町の活動(暮らし)はスタートする。
 つまり、ソフトこそが、このコミュニティづくりの最大のテーマなのだ。
 要は、どんな登場人物たちが集まってくるのか、ということ。
 この町づくりはドラマなのだ。
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# by cafejien | 2007-11-18 00:38
2007年 11月 10日

【100万円で人生をやり直す方法】

…人生はやり直せるのか? についての男の想像。
<例のコラム>
 地下鉄大手町駅に向かう鎌倉橋の上には都市高が走っている。その巨大
な橋桁の下に設けられた蛍光灯の灯りを頼るようにある男が鎌倉橋の上に
住みはじめたのはいつのことだろう。内神田一丁目にカフェコワンを開いたの
が二年ほど前になるが、そのときには男はもうすでに橋の上で路上生活をは
じめていた。
 男にとっては、硬いコンクリートの歩道が床であり、都市高の巨大な建造物
が頭上を堅牢なまでに守ってくれる天井だった。
 昼間、男は街を歩き回り、食べられる物をかき集めてきては、夕方から定位
置に陣取って、拾ってきた雑誌に載っているクロスワードパズルに興じるのだ
った。そうやって時間を費やすことで、ときには餓えを、ときには寒さを、ときに
は気分そのものを都会の闇の中に埋没させているのだ、と僕は思った。
 大手町駅に向かう途中で、僕は何度もクロスワードパズルに集中している男
を見た。夏は歩道に座り込み、冬は立って小刻みに体を揺り動かしながら黙々
と、男はクロスワードパズルが載っている雑誌を片手で丸めて持ち、何ごとが小
声でつぶやきながら、そこに居た。その姿は新しい宗教の、今までには見たこと
もない新しい修行に打ち込んでいる僧侶にようにも見えた。寡黙な尊厳のよ
うなものが男の背中に漂っていたのだ。
 僕は、想像した。
 ある金持ちがこの道を通りかかり、その男にポイっと100万円を差し出して
「大変失礼な提案かもしれないですが、これであなたの人生をやり直すことが
できないだろうかと考えてみたんです。何度も言おうか言うまいか悩みました。
こうして声をかけること自体があなたのプライドを傷つけるのであればどうか
許してください。でもどうしても提案したくなったんです。このお金であなたの
人生をやり直すことができるものかどうか、それを見ることができれば、僕も
救われると思ったのです。どうでしょう、このお金を受け取ってもらえないでしょ
うか」と語りかける場面を。
 100万円を提供しようと語りかけた男の正体や、それまでの人生とこれからの
人生、それに男がお金を受け取るのか、そしてその100万円で人生をやり直せ
るのか、男が人生をやり直したときに、100万円を提供した男はどんな場面に
立ち会っているのか。
 僕は鎌倉橋の上でクロスワードパズルに目を落として立ち尽くす男を見るた
びに、そんな物語を想像しては、その先の顛末を勝手に思い描くのだった。
 今日、久しぶりに彼の姿を路上で見た。
 彼はクロスワードパズルの文字組の迷路の中に、いつものようにたたずんでいた。
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# by cafejien | 2007-11-10 11:34
2007年 11月 08日

【想像力】

‥誰がいつどんなことをして、誰がいつどんな目に遭うのか
<例のコラム>
 テレビで舛添大臣が「官僚にも想像力を養ってほしい」と発言していた。
今回の薬害C型肝炎訴訟にまつわる一連の騒動を背景にした指摘だが、
それから、今日原告の人々と初めて会い涙を禁じえなかったと訴えたまで
は「かつての管直人大臣の再来」的イメージで共感もしたのだが、その
直後「ですから国民の皆さんにも税負担などでご協力をいただくことにな
ると思うのでよろしくお願いしたい」「この負担を国民一人当たりに換算す
ると約200円程度になります。これで救われるのだから」という発言は、
まったく想像力がないものだった。
 では、このような問題を引き起こした官僚や製薬会社の責任はどこにあ
るのか、それはそのまま放っておいていいのかと僕は素直に思った。
 被害者の人たちは、もちろん保証も求めるだろうが、自分たちにこのよう
な人生を強いた国や製薬会社にどんな形であろうがまずは責任をとって
ほしい(とりわけ今すぐに謝罪してほしい)と望んでいるのではないだろうか?
 自分の体を元に戻してほしいと叶わぬまでも切ない望みを胸に抱いてい
るはずだ。
 この大臣の発言を聞きながら僕の頭の中に浮かんだ映像は、今までと
何ら変わることなく、人の生き死に関する仕事を、まるで他人事のように、
まったくの真剣味も感じさせることなくのんべんだらりとこなす厚生労働省
の官僚たちの姿だった。責任を取らないということは、責任をとらせないと
いうことは、そんな鈍感な人々や制度を世にはびこらせ続けることを意味
する。そんなことさえ想像できない大臣が、官僚にいくら想像力を養えと言
ったところで説得力のかけらもない。
 僕には舛添大臣の姿はただのパフォーマンスにしか見えなかった。(そ
のパフォーマンスの向こうに彼は自分が総理大臣になって記者会見して
いる場面でも想像しているのだろうか?)
 想像力を持って、この訴訟の行方を見守りたいと思う。
 この国の想像力が乏しいことは、今にはじまったことではないが、本当
の意味で日本のオリジナリティを再生し、独自の文化を醸成していくには
今こそ教育の中に想像力を養うカリキュラムを取り入れるべきだと思うの
だが、安倍前総理が自信を持って進めようとした教育改革にも、その件は
欠落していた。無理もない。想像力のない人たちが官僚的発想でもって三角
を四角に変えるべきでしょう程度の平面的な改革を整理しようとしていたの
であって、立体的にリアルに人の姿を想像しそこにどんな刺激を与えれば
どんな風に反応するぞ的な構成作家のような物語の発端から顛末までの
シナリオを描く想像力は働いていないのだから。
 小学生の時点に戻ってそこから想像力豊かな人材を育てないことには
この国は変わらない。官僚も、そこから再教育するしかない、と僕は極論
的に想像してしまう。
 僕が文部科学大臣だったら、小学校の教育に演劇と建築を取り入れたい
と思うが、どうだろう?
 生活の舞台となる住空間をつくり、そこでどのような物語が起こり、誰が
いつどんなことをすれば、誰がいつどんな目に遭うのかという悲喜劇を追
体験しておけば、現実に悲劇が起こってもその結末をどのように描けば人
として気高いのか、それくらいの想像はできるようになるだろう。
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# by cafejien | 2007-11-08 00:22
2007年 09月 28日

【男旗】otokogi

…心に旗を立てた男は面白い
<例のコラム>
「いや〜医療ミスで大変だったんですよ。何度も入退院を繰り返し
てましてねえ、それでやっと退院してきたばかりなんです」
 そう言って、電話の向こうで男の太い笑い声がした。
 それから一週間も経たないのに、その人が亡くなったという連絡を
僕は受けた。
「うそ! だって元気そうだったよ!」と僕は言ったきり、しばらく言葉が
出なかった。
 亡くなったのは、付き合いがあった工務店の社長さんで、当人の説
明の通り、医療ミスが原因だったらしい。
 この人は男旗を感じさせる人だった。建築家の紹介を受けてコワン
でお会いしたのだが、一見すると職人気質でとっつきにくそうなのに
僕の話をじっくり聞いてくれて自分なりに納得されると大きく頷いてい
らっしゃった。はにかんだ笑顔がチャーミングだった。
 この出会いから半年も経たないうちに、この人が死ぬなんて誰が想
像しただろう。
 会ったその夜、これから皆で飲もうということになったのだが、その人
は、還暦を迎えた年齢なのに、これから○○○(名前は忘れたが、確
か有名な外人女性シンガーだった)のコンサートがあるので申し訳ない
ですねえと言って先に店を出て行かれた。僕はドアのところまでその人
を見送り、握手を交わしたのだが、それが最初で最後の、その人との
握手となった。
 その人は、群馬県でバウハウスという工務店を経営している岩上玉男
さんで、その工務店のサイトで紹介している住宅のほとんどは岩上さん
のデザインによるものだが、いずれも温かな味のあるデザインになって
おり、その家に住まう人はこの上ない心地よさに包まれているに違いない
と僕は思った。
 岩上さんの中には、自分が成し遂げたい夢のタイトルを書いた旗が揺
れていた。そこには「いい家をつくりたい」と書かれていた。その旗を観た
人たちが彼の周りにやってきて会社をつくり、家づくりを注文した。旗は
男の志を映して輝きを放ち、それが男を面白くも魅力的にも見せるのだ
った。それはちょっと話しただけの人にも感じることのできるものであり、
それを持つ人を僕は密かに男旗のあるヤツと呼んだ。
 それは誰がなんと言おうと、こうと決めたらその道を進む、責任感と自信
に満ちた旗だった。そこにはなんの迷いも躊躇いもなく、一つの二言もな
かった。
 僕は今までそんな男には数人しか会ったことがない。
 岩上さんは、医療ミスのことは話してくれたものの、おそらく本心では、
そんなに怒ってはいなかったのではないかと思う。電話の向こうの声の調
子が、バルセロナオリンピックのマラソン競技で転んで靴が脱げた谷口浩
美が「いやあ転けちゃいましたよお」と笑いながら言ったあの感じに似ていた。
「いやあ、医療ミスに遭っちゃいましたよお」そんな感じで言った男の声は
太く笑っていた。
 もしかしたらこのとき岩上さんは自分の死を予感していたのかもしれない。
 心のどこかで「死」という文字を書いた旗が揺れているのをちょっと感じて
無理に笑ったのかもしれない。
 
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# by cafejien | 2007-09-28 18:15
2007年 08月 28日

【曲月/kusezuki】

…人は自分のクセに縛られて人生を生きる。クセは曲者である。
<例のコラム>
 飛行機に乗るときにはいつも非常口の通路側と決めている。背が高い
ので足を伸ばしたいのが第一の理由だが、心の片隅にはこんな理由も
呟いている。
「いざ有事というときに僕は黙って見ておれない質なので、非常口に座っ
ていたほうが率先して避難活動に参加できるからな〜」
 ということで、その日も非常口通路側を指定しようとしたのだが、あいに
く通路側が空いていなかった。
「窓側でもいいんですが、足を伸ばせるスペースはありますか」と僕。
「ご登場いただきます機は非常口の座席の前がでっぱりなどがないタイ
プですので・・・」と答えたのは、登場手続きをしてくれた窓口の女性。
 このような経緯があって、僕はその日、非常口窓側の席に座ったのだっ
た。
 久しぶりに乗る窓側は、快適だった。
 離陸後、外に目をやると、曲がった月が窓ガラスの向こうに見えた。ガラ
ス越しなので曲がってみえるのだろう、と僕は思った。曲がった月だから
「曲月/くせづき」なんてネーミングはどうかな、と頭で呟きながら、僕は
空港の売店で買っておいた弁当を食べた。ちゃんと味付けされた野菜の
炊き合わせなどが入っていて美味い弁当だった。お茶は黒豆茶。空港の
あの売店では黒豆茶と、僕は決めている。
 弁当を食べ終えると昨日日本橋の書店で買っておいたよしもとばなな
の文庫本を読んだ。癒しを求めるときにはばななに限る。読みやすい割
にシンプルな哲学性みたいなものを感じさせてくれる。
 そこで僕はまた外を見た。
 曲月は、ここが自分の定位置だといわんばかりに窓ガラスに映っていた。
 月は飛行機の後をずっと追いかけているように思えた。
 若い男女が主役の幽霊が出てくる話を読み終え、僕はしばらく目を閉じ
た。しばらく、のつもりだったのに、次に目を開けたときには、今から着陸態
勢に入りますという機内アナウンスが聞こえていた。
 飛行機はぐんぐん高度を下げていき、滑走路にあとわずかというときだった。
 僕は曲月の正体を知った。
 僕が窓の外に目をやると、飛行機の翼が眼下の町の灯りの中に、その黒い
輪郭を浮かび上がらせたのだった。上空で窓の外に映る暗闇と思って見てい
た部分の多くを飛行機の翼が占めていたのだ。
 その翼の先に曲月がくっついていた。
 それは、飛行機の翼の位置を示す常夜灯だった。どうりでちょっと曲がってい
たのだ。
 今日、僕は自分のクセに従っていくつの思い込みをしたのだろう。こんな勘違
いが、他にもあったかもしれない。
 クセは曲者。曲月を観たら、勘違いして生きていないかすこし振り返ってみる
ことにしよう。
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# by cafejien | 2007-08-28 17:26
2007年 07月 31日

【風の車椅子】

‥逞しい障害者もいる。かっこいいほどに
<例のコラム>
 千葉のイベントが終わりバスに2時間ばかり揺られた僕は、
東京駅八重洲口からJRに乗り込んだ。
 午後9時を回っており、テレビでは参院選の速報番組が特
集されているのだろうなと思いながら改札口を抜けた。
 京葉線で八丁堀まで行き、そこで日比谷線に乗りかえて定
宿のある人形町へと向かう予定だった。
 東京駅の京葉線乗り場は、設立当初のスカイマークの乗り
場が空港のはずれにあった(しかもそこからバスに乗って移動
する必要があった)ように、東京駅のはずれのはずれにある。
従って相当な距離を歩かなければならないのだが、ぎりぎりの
予定で移動しているときなどはそれは命取りになるほどで、予
定に合わせて乗り継ぐために走りに走った挙句に心臓がばこ
ばこと悲鳴をあげて、文字通り命取りになりそうな経験をしたこ
とがある。
 でもその日の僕には余裕があった。参院選の結果も命がけで
知るほどのことではない。
 京葉線の乗り場へ僕はこつこつと歩いていった。
 長いエスカレーターで地下へ下りはじめたときだった。僕が乗
っているエスカレーターの左横にも下りエスカレーターがあり、
何気なくそちらを見ると、下りとは反対方向、つまり上り方向を向
いている青年の上半身が見えたのだ。
 それは、車椅子に乗った男性が何らかの理由とやり方で車椅
子の向きを上り方向に向けてエスカレーターに乗っているのだと
容易に想像できた。
 エスカレーターを降りるときに車椅子が床面に引っかかること
なくスムーズにうまく着地できるのか、僕は一瞬、心配になった
が余計なお世話だった。
 青年はなんなくさらりと着地すると向きを前に向け、滑るように
進んでいったのだ。
 青年は一人ではなかった。同じく車椅子に乗った同年代の青年
たちが他に3人、彼の前に車椅子を進めていた。
 「歩く歩道」に来ると、先行する3人はそれには乗らなかったが、
彼はそれに乗りさらにスピードアップして前に進んだので、3人を
すぐに追い越した。
 僕も早足になって彼に続いたのだが、「歩く歩道」ならではの障
害物が彼を待ち受けていた。
 ぼんやりとした感じを背中に漂わせた歩行者が歩道の真ん中に
突っ立っていたのだ。こんなとき僕だったら、「すみませ~ん」と声
を伸ばしながらその歩行者の横をすり抜けようとするところだが、
彼は、そうはしなかった。
 彼は、ぼんやりと立ち尽くすその歩行者の後ろに車椅子を停めて
信号が青になるのを待つようにしばし休憩といった感じだった。
 3人の仲間はすぐに彼に追いつき、ちょっと「動く歩道」の「動く手
すり」につかまって動きながら彼に笑いかけると、手で手すりを蹴っ
て「お先に失礼!」とばかりに先に行った。
 その無言の、笑顔のやりとりは、バスケットなどのスポーツ選手が
プレーの最中に繰り出すサインのようだった。
 「動く歩道」が終わると彼は先行する3人を追った。再び下りのエ
スカレーターがあり、どうするのだろう僕が見ていたら、エスカレー
ター直前まで来ると彼はクルリと車椅子をターンさせ、車輪を踏面に
さっと乗せると両手を大きく広げて手すりをつかんで背後に進んだ。
 その両腕はよく鍛えられた筋肉の盛り上がりを見せ、彼が車椅子
を使ったスポーツ競技の選手であることを想像させた。
 両腕は大きく広げられた翼のようだった。
 エスカレーターが終わって見事に着地すると、彼は仲間を追って
風の車椅子で通路を疾走した。そのスピードはあまりに速く、僕は
彼の姿をすぐに見失った。
 それは逞しい人間の姿だった。
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# by cafejien | 2007-07-31 12:59
2007年 07月 19日

【質問してもいいですか?】

‥スムーズに会話をスタートさせるおまじないの言葉
<例のコラム>
 夏は汗疹や虫刺されの季節。肌が弱い僕はよく皮膚科に
行くことになる。
 診察がおわったら薬局へ行くのだが、そこで気になること
があった。薬局は二つあって、どちらでも薬が受け取れるよ
うになっている。僕はその日の都合でバス停前の薬局に行く
こともあれば、皮膚科のすぐそばの薬局に行くこともある。
 ところが、どちらの薬局に行っても、受付に座っている薬剤
師らしき若い女性が瓜二つなのだ。
 最初は僕がその薬局に行ったときにたまたま同じ女性が座
っているのだろうと思っていた。
 でも、偶然にしてはいつも決まって瓜二つの顔が僕を待ち
受けているのだ。
 で、僕は勇気を出して訊こうと思った。
 だが、若い女性に、気軽に声をかけるなんて、イタリア男で
はない僕は、いささか悩んだものだ。
 でも、まー、そこは年の功だ。真剣に訊こうと思えば素直に
言葉が出てきた。
「あのー、質問してもいいですか?」
 僕はこんな風に切り出したのだった。
 すると自然に言葉がついてきた。
「お二人はよく似ていらっしゃるな~と思ってたんですが、もし
かしたら・・・」
 すると彼女は答えた。
「よく言われるんですよー。私たち姉妹なんです」
 なるほど、姉妹だったんだ!!と納得した僕。
 するとこれも偶然、薬局の奥からもう一人の瓜二つさんも登
場してきて、しばし僕らは笑顔で会話したのだった。
 どうしても会話したいという場合や、声をかけたい人がいると
きには、「質問してもいいですか?」という言葉を口に出すとい
いかもしれない。
 それを出だしの台詞に決めておけば、後はなんとかしゃべれ
るものだ。
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# by cafejien | 2007-07-19 22:44
2007年 07月 03日

絵<物語

…建築家を選ぶコツである。
<例のコラム>
 小川真樹さんという建築家がいる。
 小川さんが書いたミニ絵本「ひとりで暮らす ふたつの家」を
読めば、小川さんがどれほど素晴らしい家づくりをするのかが容
易に想像できる。また、絵本の構成力から、どれほど優れたシナ
リオを家づくりのなかに反映できるのかも、理解できると思う。
 だが、小川さんに住宅設計の依頼をする建主は少ない。(小川
さんは集合住宅の設計で相当な実績があるので、集合住宅を設計
することが多い)
 なぜか?
 建主は、建築家がこれまでに建てた住宅の実績だけを作品集で
見て、それで設計依頼をしようかしまいか判断しがちだからであ
る。そこには、作品集の写真の出来映えに翻弄される建主たちが
いる。
 正直に言おう。プロのカメラマンが撮影した建築写真は、実物
以上に建物をよく見せることがあるのだ。
 ところが、その部分に重きを置かない建築家たちはプロのカメ
ラマンに撮影を依頼することがないので、彼らの作品集は、プロ
のカメラマンに撮影を依頼して完成した作品集よりもどうしても
見劣りがするのである。
 小川さんもそんな建築家の一人だ。
 建築家を選ぶコツがここにある。
 絵<物語。(エ ショウナリ モノガタリ)
 建築家がどんなデザインをしたかよりも、その家づくりにおい
てどんなシナリオを描いたのか、それこそを観てほしいのだ。
 作品集の写真に誤摩化されてはいけない。よーく目を凝らして
建築家の家づくりのプロセス(シナリオづくり)を観てみよう。
数少なくても、いい仕事をしている建築家が手がけた住宅にはぴ
かりと輝く物語性がある。
 小川さんの場合は、建主を家づくりの主役として文化的で豊か
な空間づくりに参加させているところが、それだ。
「ひとりで暮らす ふたつの家」は、プロトハウスギャラリーに
展示しているので、必ず、そのシナリオを読んでほしい。
 それにしても小川さんの構成能力はただ者ではないと思って訊
いたら、小川さんの父君はかの有名なテレビドラマの脚本家だっ
たのだそうだ。なるほど!!!
 いい家を作りたい建主さんにとって、今、小川真樹さんは、狙
い目な建築家である。
 
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# by cafejien | 2007-07-03 19:33
2007年 06月 20日

【お宿】

…和み系旅館的イメージかな
<例のコラム>
 「お宿アパートメント」をつくろうといっしょに計画しているオーナーが
今日やってきた。
 現在の入居者のこともあり、計画が再来年にのびそうということであ
った。
 このオーナー、湯布院に旅館を建てたいと計画したこともあり、いっし
ょに土地を観てまわったこともある。
 だからというわけではないが、「お宿アパートメント」というコンセプトに
はすぐに賛同してくれた。
 「お宿」。
 なんと情緒感あふれる言葉だろう。
 毎日、お宿に帰っていくそのシーンを思い描いてほしい。
 そのお宿の離れが自宅なのだ。
「今度の僕が引っ越した『月の舎』も観てくださいよ。そこもまるでお宿
なんだから」
「へー、お宿ですかー、いいすねー」
「で、いつか、湯布院にもお宿建てましょうよ」
「湯布院か〜、う〜ん、僕は最近、ニューヨーク気分なんですよね〜」
(中略/彼のニューヨーク気分については別の機会に説明しよう。長い
話なんで・・・)
「で、やっぱりお宿でしょう」
「そう、お宿ですよね〜」
 「お宿アパートメント」というコンセプト。言葉にすれば簡単だけど、これ
を建てるのにはセンスが要りますよー、きっと。
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# by cafejien | 2007-06-20 16:41
2007年 06月 13日

【ケンチクカーン】

…家を描くジンギスハーン
<例のコラム>
 建築家とよく一緒に酒を飲む。
 実に楽しい。
 真面目な話もあればふざけた話もする。
 ある時は施主の奥様に秋波を送られて困ったという話もあった。
 恋に落ちた建築家、なんてネタ的には面白い。
 そう言えばコルビジェやライトといった偉大な建築家も奔放だった。
 建築家は無から有を産み出すから、おそらくはすごいイマジネーションの
 持ち主に違いない。
 ジンギスハーンのように、敷地という草原に施主のための王国を築き上げるのだ。
 だから僕は時々、彼らのことをケンチクカーンと密かに呼んでいる。
 中には、無限の王国を勝手に描き過ぎて、王国の住人から
 「予算オーバーでは困りますよ〜!」と苦情を言われたりすることもある。
 本当に豊かな家はイマジネーションの産物だが、
 それはリアルな物体でもあるのだ。
 ケンチクカーンよ、世界制覇はほどほどに、
 住みよい住まいをつくりましょう。
 でも、イマジネーションは誰にも止められませんからね〜。
 
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# by cafejien | 2007-06-13 17:10