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2007年 11月 18日

【カフェのある町】

…自宅カフェしながら暮らそうというコミュニティ
<例のコラム>
 建築家の瀬野和広さんのブログで今、「カフェのある町」についての
意見交換が盛り上がっている。
 瀬野さんの友人が所有するという湖畔の700坪の土地の有効利用
をめぐって僕が提案したら、意外に反響があったのだ。
 実はこのコンセプト、数年前に有田町で講演した際に町の役場の人
と会話しているときにひらめいたもの。有田町の町営の分譲地の販促
方法で何かいいアイデアはないものかと問われて即興で答えたのだ
った。
 何故、有田だから「カフェのある町」なのか?
 有田ならば焼き物がある、その焼き物を使えば町起こしにもなるし、
実際に焼き物は売れ、それに気をよくした窯元と流通業者もカフェを
利用するだろうし、一石三鳥くらいの波及効果があるんじゃないです
かあと自慢気味に僕は呟いたのだった。
 だが、「カフェのある町」なんて突飛なコンセプトで募集をかけたって
人は集まるだろうか?
 実は、「それが集まるんですよお!」という勝算もあったのだ。
 弊社が運営するカフェコワンをスタートさせたときが、まさにそうだった。
 実際にカフェを運営したことがなかったので「東京カフェマニア」という
サイトに事情を話して「カフェのオーナー募集」という告知を載せていた
だいたら、来た来た来た〜!!! なんと十数組もの人が「カフェしたいで
す〜!」と押し寄せてきたのだ。ここは表参道かあ〜!と思ったほどの反
響だった。神田ですよ!神田!その頃オシァレなカフェなんて1軒もなか
ったんです、神田には!それが来るは来るは!それも皆さんなかなかいい
アイデア持参で「私ならこんなカフェやりたいい!!!」と意欲満面である。
 そのとき僕は思った。スキあらばカフェを開業したいという人のなんと
多いことか!
 その後、実際にカフェコワンの運営は斉藤さんというソムリエにしてバリ
スタ、しかも当時若干28歳の男性に決まったのだが、その運営の方法
や金銭的な実情を聞くにつれ、これは個人が自宅でやるにはなかなか
理想的なビジネスモデルではないか、という感触を掴み、その具体的
な仕組みを暖めていった次第。
 この背景をもって僕は、勝算を胸に抱いたのだった。
 だが、有田町での企画は例によって町長選挙で話そのものがお流れに
なったのだが、僕は密かに心にこの企画を温め続けていた。
 この「カフェのある町」、有田だけでなく、いくつか与件が揃っていれば
どんな場所だろうが、シナリオを描くことができる。
 もちろん課題もあるが、そこにどんな登場人物を配するかで、幾つかの
シナリオを描くことができ、その複数のシナリオ一挙に解決するマルチプ
ルなアイデア(ポリシー)で一つの物語を完成すれば、その続編としての
実際の町の活動(暮らし)はスタートする。
 つまり、ソフトこそが、このコミュニティづくりの最大のテーマなのだ。
 要は、どんな登場人物たちが集まってくるのか、ということ。
 この町づくりはドラマなのだ。
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by cafejien | 2007-11-18 00:38
2007年 11月 10日

【100万円で人生をやり直す方法】

…人生はやり直せるのか? についての男の想像。
<例のコラム>
 地下鉄大手町駅に向かう鎌倉橋の上には都市高が走っている。その巨大
な橋桁の下に設けられた蛍光灯の灯りを頼るようにある男が鎌倉橋の上に
住みはじめたのはいつのことだろう。内神田一丁目にカフェコワンを開いたの
が二年ほど前になるが、そのときには男はもうすでに橋の上で路上生活をは
じめていた。
 男にとっては、硬いコンクリートの歩道が床であり、都市高の巨大な建造物
が頭上を堅牢なまでに守ってくれる天井だった。
 昼間、男は街を歩き回り、食べられる物をかき集めてきては、夕方から定位
置に陣取って、拾ってきた雑誌に載っているクロスワードパズルに興じるのだ
った。そうやって時間を費やすことで、ときには餓えを、ときには寒さを、ときに
は気分そのものを都会の闇の中に埋没させているのだ、と僕は思った。
 大手町駅に向かう途中で、僕は何度もクロスワードパズルに集中している男
を見た。夏は歩道に座り込み、冬は立って小刻みに体を揺り動かしながら黙々
と、男はクロスワードパズルが載っている雑誌を片手で丸めて持ち、何ごとが小
声でつぶやきながら、そこに居た。その姿は新しい宗教の、今までには見たこと
もない新しい修行に打ち込んでいる僧侶にようにも見えた。寡黙な尊厳のよ
うなものが男の背中に漂っていたのだ。
 僕は、想像した。
 ある金持ちがこの道を通りかかり、その男にポイっと100万円を差し出して
「大変失礼な提案かもしれないですが、これであなたの人生をやり直すことが
できないだろうかと考えてみたんです。何度も言おうか言うまいか悩みました。
こうして声をかけること自体があなたのプライドを傷つけるのであればどうか
許してください。でもどうしても提案したくなったんです。このお金であなたの
人生をやり直すことができるものかどうか、それを見ることができれば、僕も
救われると思ったのです。どうでしょう、このお金を受け取ってもらえないでしょ
うか」と語りかける場面を。
 100万円を提供しようと語りかけた男の正体や、それまでの人生とこれからの
人生、それに男がお金を受け取るのか、そしてその100万円で人生をやり直せ
るのか、男が人生をやり直したときに、100万円を提供した男はどんな場面に
立ち会っているのか。
 僕は鎌倉橋の上でクロスワードパズルに目を落として立ち尽くす男を見るた
びに、そんな物語を想像しては、その先の顛末を勝手に思い描くのだった。
 今日、久しぶりに彼の姿を路上で見た。
 彼はクロスワードパズルの文字組の迷路の中に、いつものようにたたずんでいた。
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by cafejien | 2007-11-10 11:34
2007年 11月 08日

【想像力】

‥誰がいつどんなことをして、誰がいつどんな目に遭うのか
<例のコラム>
 テレビで舛添大臣が「官僚にも想像力を養ってほしい」と発言していた。
今回の薬害C型肝炎訴訟にまつわる一連の騒動を背景にした指摘だが、
それから、今日原告の人々と初めて会い涙を禁じえなかったと訴えたまで
は「かつての管直人大臣の再来」的イメージで共感もしたのだが、その
直後「ですから国民の皆さんにも税負担などでご協力をいただくことにな
ると思うのでよろしくお願いしたい」「この負担を国民一人当たりに換算す
ると約200円程度になります。これで救われるのだから」という発言は、
まったく想像力がないものだった。
 では、このような問題を引き起こした官僚や製薬会社の責任はどこにあ
るのか、それはそのまま放っておいていいのかと僕は素直に思った。
 被害者の人たちは、もちろん保証も求めるだろうが、自分たちにこのよう
な人生を強いた国や製薬会社にどんな形であろうがまずは責任をとって
ほしい(とりわけ今すぐに謝罪してほしい)と望んでいるのではないだろうか?
 自分の体を元に戻してほしいと叶わぬまでも切ない望みを胸に抱いてい
るはずだ。
 この大臣の発言を聞きながら僕の頭の中に浮かんだ映像は、今までと
何ら変わることなく、人の生き死に関する仕事を、まるで他人事のように、
まったくの真剣味も感じさせることなくのんべんだらりとこなす厚生労働省
の官僚たちの姿だった。責任を取らないということは、責任をとらせないと
いうことは、そんな鈍感な人々や制度を世にはびこらせ続けることを意味
する。そんなことさえ想像できない大臣が、官僚にいくら想像力を養えと言
ったところで説得力のかけらもない。
 僕には舛添大臣の姿はただのパフォーマンスにしか見えなかった。(そ
のパフォーマンスの向こうに彼は自分が総理大臣になって記者会見して
いる場面でも想像しているのだろうか?)
 想像力を持って、この訴訟の行方を見守りたいと思う。
 この国の想像力が乏しいことは、今にはじまったことではないが、本当
の意味で日本のオリジナリティを再生し、独自の文化を醸成していくには
今こそ教育の中に想像力を養うカリキュラムを取り入れるべきだと思うの
だが、安倍前総理が自信を持って進めようとした教育改革にも、その件は
欠落していた。無理もない。想像力のない人たちが官僚的発想でもって三角
を四角に変えるべきでしょう程度の平面的な改革を整理しようとしていたの
であって、立体的にリアルに人の姿を想像しそこにどんな刺激を与えれば
どんな風に反応するぞ的な構成作家のような物語の発端から顛末までの
シナリオを描く想像力は働いていないのだから。
 小学生の時点に戻ってそこから想像力豊かな人材を育てないことには
この国は変わらない。官僚も、そこから再教育するしかない、と僕は極論
的に想像してしまう。
 僕が文部科学大臣だったら、小学校の教育に演劇と建築を取り入れたい
と思うが、どうだろう?
 生活の舞台となる住空間をつくり、そこでどのような物語が起こり、誰が
いつどんなことをすれば、誰がいつどんな目に遭うのかという悲喜劇を追
体験しておけば、現実に悲劇が起こってもその結末をどのように描けば人
として気高いのか、それくらいの想像はできるようになるだろう。
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by cafejien | 2007-11-08 00:22