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2006年 12月 20日

【玄米の家】

…玄米をおいしく食べさせてくれる萩尾さんちの自宅カフェ。暖っかいよー
<例のコラム>
 昨夜、「玄米の家」に行ってきました。
 「玄米の家」を開いている萩尾さんたちに共鳴する人たちが集まって新しい
活動をしていこうということになって、その話し合いが行われたのです。
 話し合いといってもバーベキューをしながらワイワイ話し込んだだけなので
すが、近い将来のNPO化を視野に入れて、この集まりのめざすところを明快
にしていこうということになりました。こんな風に書くと、議事録的ですが、そん
な感じの話になった、という程度です。お肉やタマネギやカボチャなどが次々
に焼き上がってくるし、子供たちはワーギャー叫ぶし、その片隅でちょっとだけ
真面目に話し込んだのでした。
 写真は、ほぼ食べ終わったときの全員集合の絵。玄米の家では、いつもこん
な笑顔が輝いています。
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 玄米の家では昼時の玄米定食の他にもケーキやパンを購入することができ
ます。もちろんすべて手作り。甘さとカロリーを抑えた抹茶チーズケーキは一
見したらシフォンケーキのようですが、抹茶とチーズの香りがほんのり程よく
ミックスされていてオススメの一品です。来春からお菓子たちも本格的に販
売を開始する予定ですのでご期待ください。
 真ん中の青いトレーナーを着ているのが温(あっ)ちゃんです。その横で弾け
んばかりの笑顔になっているのがお母さんの華世さん。萩尾さんたちの周りに
はいつも素敵な人々が集まってきます。
 この玄米の家の活動には僕も積極的に参加していますので、なにかお尋ね
になりたいことがあったら、いつでもお問い合わせください。
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by cafejien | 2006-12-20 17:58
2006年 12月 17日

【遠足の朝3】

 夜が明けるまで僕は一睡もできませんでした。目の周りは赤黒く
腫れ上がり、顔全体が熱を帯びています。それよりも床に押し付
けられ思うように殴られたことでの屈辱感が体中に沸々としていて
ある意味、僕は興奮していたのです。G君に復習する場面を何度
も頭のなかで反芻し、その度に、Gくんの正気を欠いた透明な眼
差しが思い出されるのでした。
 Gくんを倒すにはGくんを殺すしかない。一度や二度、 Gくんに喧
嘩で勝ったところで、執念深いGくんは必ずや僕に挑みかかってく
るでしょう。その度に僕らは戦闘を繰り返すことになるのです。復讐
には復讐という暴力の連鎖がそこにあるのです。堂々巡りの想像の
なか、結論すれば、僕にはその選択肢しか浮かびませんでした。
相手を殺すとは何か? 僕は思いました。それは、今の僕のすべて
の人生を捨ててしまうということだと。僕がGくんを殺せば、Gくんの
父母はもちろん、僕の父母も兄弟も、一生、人殺しという呪縛のも
とで生きることになるだろう。たかが喧嘩に負けただけだろうと人は
言うかもしれませんが、15歳の僕はそんなことを真剣に考えていた
のです。
 外が青白く白んできたとき、かすかに訪れた睡魔のなかで、僕は僕
なりの結論に達しました。
 この人のためならば人生を失ってもいいという場合は除けば、もう
腕力をふるうことはやめよう、と。今思えば、なんだか恥ずかしい決
意ですが、正気を欠いた、つまり「失うものを何も感じさせない」目を
前にしたとき、それに立ち向かい打ちのめすには、こちらもすべてを失
う覚悟がなければならないと感じたのです。
 それは、恐ろしい覚悟です。それ以上やるのならば、お前を切る!と
いう武士の覚悟です。
 この思いを胸に抱くことで、15歳の僕はなんとか精神のバランスを
保ったのでした。僕は決して喧嘩に負けたのではない、力の行く先を
見切ったのだ、と僕は自分に言い聞かせました。
 翌朝は学校の遠足でした。家族にあまり顔を見らないようにぎりぎりま
で布団に潜り込んでいた僕は、ガンガンと音のする頭をかかえて起き
上がり学校へ行きました。
 学校ではあまり人と話さないように心がけました。いろいろと聞かれる
と答えるのが面倒です。目的地への行き帰りや弁当の時間など、先生
と顔を合わさないようにしました。目の周りは赤黒く腫れ上がっている
のですが、意外に誰も不審には思わなかったのか、何も感じないよう
に殻に閉じこもっていたのか憶えてはいません。
 Gくんとはクラスが違ったので、それ以上、どうということはありませんで
した。今から30年以上も前の中学生時代にも、いじめはあったのでしょ
うが、それが原因で僕がいじめの標的にされるということはありませんで
した。
 それ以来、僕はただの一度も腕力を用いる喧嘩をしたことがありません。
その先に、ある種の恐怖があることを知っているからです。腕力はとどの
詰まりはヤルかヤラレルかなのです。それは戦争も同じです。
 Gくんはその後、高校生になっても連戦連勝で、ついには高校を中退し
ました。負けるわけがないのです。彼は負けを認めることなく執拗に襲い
かかっていくのですから。
 Gくんの周りにはいつも、ちょっと悪そうな取り巻き連中がいました。その
取り巻きの一人と僕が思い込んでいた男子生徒とその15年後くらいに
同級会で再会したことがありました。
「お前があの遠足に出てきたのには驚いた。あんな顔して来たから、みん
なお前に一目置くようになったとばい」
 酒が回ってきた彼はそう言って笑いました。
 僕もあきれるように「そうね、そりゃ嬉しかね」と言って笑いました。
 遠足の朝、なんとか自分に言い訳をしてそこにやってきた僕のことを観
ていたヤツがいたことに、僕は一人で乾杯したのでした。
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by cafejien | 2006-12-17 17:15
2006年 12月 05日

【遠足の朝2】

 先に相手を殴ったのは、なんと僕のほうでした。
 しばし口論し互いの胸ぐらを掴んで対峙した直後にGくんの左頬
めがけて僕はパンチを放ったのです。腕力への自信が勝てるよう
な錯覚を僕に与えたのです。
「ガツッ」と見事にヒットしたものの、それ位で倒されるGくんではあ
りません。
「なんやー」という怒鳴り声とともに応酬してきます。ものすごい形相
ですが、離れて戦っている分には背丈に勝る僕のほうに有利です。と
ころが腰に組みつかれてしまい、足を払われた僕は床に倒れてしま
いました。その上に馬乗りになったGくんが僕の顔面にパンチを浴び
せてきます。いわゆる格闘技におけるマウントポジションというやつで
す。両手で顔をカバーしながらGくんのパンチから逃れようと僕はも
がくのですが、その間をぬってGくんのパンチは次々に僕の顔面で炸
裂します。そのときです。僕は観たのです。Gくんの目がうっすらと涙
を浮かべたようにきれいに透き通り、暗く果てしない闇がその奥に広
がっているのを。それは正気の目ではありませんでした。何もない、何
も考えていないとしか言えないような、まるで生気のない透明な闇
が僕の上にあったのでした。
 僕は考えました。この男に勝つにはなんとかしてマウントポジションか
ら逃れて立ち上がり、武器を使って相手を叩きのめすしかない、と。横
に椅子の足が見えます。これを使って剣道スタイルに持ち込めば、圧
倒的に僕は優位に立ち、子供を相手にするように軽く勝利することが
できるだろう。眉間の辺りを殴られながら僕はそんなことを考えていま
した。この無機的とも言えるほどの透明な闇に満ちた目をした男に勝つ
には、完膚なきまでに相手を叩きのめし、場合によっては相手を殺して
しまっても仕方ないくらい僕自身が正気を失うしかない。僕はそう思っ
たのです。
 そう思った瞬間、僕の両腕からは力が抜けていきました。眉間を殴ら
れるにまかせ、僕は抵抗をやめました。
「悪かったて、言えー」
 Gくんの声が遠くから聞こえます。
「悪かったて言わんか、こらー」
 僕は放心したように、Gくんに謝ったのでした。
 
 喧嘩が終わって、僕と友人のNくんは教室を後にしました。ボコボコに
殴られた僕は家に帰りつくまでNくんと一言も言葉を交わすことはありま
せんでした。Nくんもどんな言葉をかけたらいいのか解らなかったのです。
 家に帰ると、息子の顔の異変に気づいたのは母親でした。僕はなんの
事情も説明しなかったのですが、寝る間際に僕に向かって母親が「する
が堪忍、せぬが堪忍」と諭すように呟いたことは、なんとなく覚えています。
眉間を中心にして思う存分殴られた僕の顔は赤黒く腫れ上がり、顔中が
熱を帯びていました。
 よりによって明日は遠足という日でした。この顔のまま遠足に行けば、級
友や先生からなんと言われるか解りません。しつこく聞かれた挙げ句に、
喧嘩に負けたことが学校中に知れ渡るのです。
 遠足に行こうか、行くまいか。僕は一睡もせずに考えたのでした。

                                                                                 ・・・続く。
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by cafejien | 2006-12-05 19:53