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2006年 10月 31日

【履修ショック】

…履修不足問題は高校生たちの心にショックを与えた
<例のコラム>
 高校生3年生になる次女は今まさに受験モード。通って
いる高校が非常に真面目な学校なので、朝早くから夕方ま
で補講も含めみっちり勉強して家に帰ってきます。夏まで
は部活に打ち込み、秋は運動会のダンスで青春を燃焼して
いた彼女は、家に帰ってきて夕飯を食べるなりリビングで
眠り込んでしまう毎日をおくっていました。さすがに受験
モード一色になった最近は家でも娘の勉強している姿を見
ますが、それまでは、この娘は本当に受験生なの?という
生活でした。だって僕が見るのはリビングで眠り姫になっ
た娘の姿だけだったんです!!
 そんな娘に最近の履修不足問題のことをきくと、
「あんなことするなんてズルいよー」という返事が返って
きました。娘いわく、うちの学校は超真面目なので必修科
目はすべてちゃんと履修している、なのに受験に必要な科
目だけ履修させるなんて「学校が」ズルい!! 
 娘に限らず、今の高校生たちはみんな履修ショックに見
舞われています。ある一部の大人たちの都合だけでつくっ
た学習指導要領が受験という現実とうまく整合性がつけら
れず、建前と本音という大人社会的手法を使って片付けら
れてきたことのツケが噴出し、子供たちの心に精神的な動
揺を投げかけているのです。
 これは、教育界の問題ですが、後になってそのツケが表
面化してくる問題は、どんな業界にも眠っていることでし
ょう。それは建築の世界も同じです。今は表層をとりつく
ろっていますが、10年後に問題になるようなことがたく
さんあります。みんな気づいているのに、なかなか言い出
せない。たぶん、そうです。履修不足も常識のある先生な
らばとっくに気づいていたはずです。
 このように事後処理的に物事が進んでいくのが日本の社
会の悪いところですが、このような矛盾は、根本的な改善
なくして本当の意味での解決にはなりません。大人はまず
矛盾を生み出している自分たちの社会のつくり出し方につ
いて子供たちに謝るべきでしょう。そこがスタートです。
単なる履修不足問題を謝るのではなく、その矛盾を生み出
していることを謝るのです。でないと、子供たちはすっき
りしないはずです。彼らは、矛盾だらけの大人たちの態度
を見るのはもううんざりしています。学級崩壊や、いじめ、
子供による犯罪の急増は大人社会が冷たい鏡に映し出した
悲惨な姿なのです。
 教育基本法の改訂にしても、このような事後処理的な改
訂では効果がありません。子供の感性や可能性を豊かにす
るにはどうすればいいのかを想像的に考え、その新しい教
育ビジョンを実現するために必要な基本的な法律という視
点で発想しないと、夢も味気もないものになってしまいま
す。たとえば子供たちの感性を豊かに育むために演劇や建
築という想像力を逞しくする、そしてお互いの些細な素質
でも褒めあえるカリキュラムをとりいれよう!という文化
的な視点がそこにあれば、それこそ「美しい日本」づくり
が可能になるかもしれません。こんな柔軟な発想は霞ヶ関
にはないでしょうねー。
 履修ショックは、僕にこんなことを考えさせました。
 大人社会の矛盾に苦しむ子供たちよ!それでも大志を抱
け。なかには、そんな子供たちの苦悩を知っている大人た
ちがいることをちょっと心の拠り所にして、それよりもな
によりも君たちにも同時代を生きる「履修の友」がいるこ
とを心に刻んで、今を強く生きなさい。

◎ここでご案内です。11月4日午後10時のNHK総合番
 組の@ヒューマンに僕がゲストとして出演します。生番
 組なので、ちょっと緊張し、たぶん超真面目に映るかも
 しれません。酒の肴に一杯やりながら、ご覧下さいませ。
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by cafejien | 2006-10-31 18:52
2006年 10月 19日

【セーフティルーズソックス】

‥大人の、男性のための、ノンプレッシャーなソックス。
<例のコラム>
 冬のソックスをはく季節がもうすぐやってきますねー。あの長~い
ソックスをはくと思うとちょっと憂鬱になります。ゴムが足首をしめつ
けて、ソックスを脱いだ後、ゴム跡が残った足首がかゆくなるのです。
かゆいので手でかきます。すると、足首に赤い輪っかができて、さら
にかゆくなっていきます。でも、かいてしまいます。すると、さらにさら
に赤くなって、それでもかくものだから、やがて血がにじみ出てきて・
・・・・・・。その悪循環がもうすぐはじまるのです。
 そんな独り悩みを密かに抱えた僕は、思い切って靴下の福助さん
に「大人の男性向けのゆるいソックスなんてできないでしょうか?」
と提案したことがあります。もちろん、オフィシャルではありません。
個人的に、メールにて、「ね~そんなソックスなんてできないでしょう
か?そんな需要はかなりあると思うんですけどね~」と切々と書きま
した。
 でも、ダメでした。
「ご提案ありがとうございます。しかし残念ながら商品化できそうに
ありません」
 福助さん、かなりいい会社です。
 夜中に足首をかきかきしながら、思い余ってメールした酔っ払いの
メールに丁寧に対応していただいたのです。その節は、ありがとうご
ざいました。
 でも、採用にならなかったので、再度、ご提案したいと、いやいや
お願いしたいと思っています。
 福助さん、お願いですから、足首ノンプレッシャーなソックスを商
品開発してください!そ、そうだ、ネーミングだ、ネーミングをちゃんと
考えて提案していないからいけないんだと思った僕は、ちゃんと考え
ました。
 ネーミングです、ネーミング。
 それは「セーフティルーズソックス」!!
 ルーズソックスとは、ご存知、ゆるゆるブルブル、なんともルーズな
あの女子高生御用達のヤツです。で、なぜセーフティがついているか
というと、メインターゲットである中高年はセーフティという言葉につい
つい安心してしまうからです。ネーミング別案としては、スーパールー
ズソックスなんてのもありそうです。中高年はスーパーにも弱いんで
す。
 こんなことを考えなくていいくらい、夏の間はノンプレッシャーでした。
僕はあの短いソックスをはいるんですねー!!丈が短いので足首
までカバーすることなく、足の甲の辺りまでしかカバーしないので、ゴ
ムが足首に食い込んでプレッシャーがかかるということもありません。
 でも、時々困ったことが起こるんですねー。ゴムがゆるくなったショ
ートソックスをはいて歩いていると、途中でズルズルと脱げてきて、ソ
ックスが足の裏に降りてくるんですな。つま先に力をいれるようにして
気にして歩くんですが、ズルズルずれはじめるともういけません。とう
とう足裏の半分ほどまでソックスが降りてきて、落ち着かない変な気
分になってしまいます。むずがゆく、情けなく、いったい僕はなんでこ
んな思いをしているのだろうと思えてくるのです。
 そんな悲惨な状況を引き起こしたソックスのことを、僕はショートル
ーズソックスと呼んでいますが、この商品化はお勧めできません福助
さん。と、僕が言うまでもないことですね。
 でも、セーフティまたはスーパールーズソックスは必ずニーズありま
すから、今度こそ商品企画会議に真剣にかけていただきますようお願
い奉ります。
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by cafejien | 2006-10-19 23:16
2006年 10月 16日

【建築家の絵本】

…「ケンチクとアート」という視点で見ると、建築家が面白い。
<例のコラム>
 『住まいの絵本カーニバル』がスタートしました。昨日は
建築家の小川真樹さんに東京ギャラリーにお越しいただき、自
作の「ひとりで暮らす ふたつの家」という絵本について、様
々なお話を聞きました。ご来場のお客様も交え、ふたつの家が
どんな風に完成し、今、どんな風に暮らしていらっしゃるのか
といったお話をしていただいたのです。
 まずはお客様から「最初はふたつの家の話とは解らずに読ん
でいたのだけれど、途中でそのことに気づき、再び最初から読
み返しました」というコメント。お話の意外な構成に驚かれた
ご様子です。
「で、僕はこの右ページの家のロケーションが好きなので自分
のことのように読ませていただきました」とのこと。話はさら
にはずんで、家が完成した後で、西日対策や転落防止のために
用いたヨシズに及び、小川さんが縁日で出会ったヨシズ職人さ
んのことになりました。
「市販のものではなく、なにかいいヨシズがないかな〜と探し
ていたら、縁日でヨシズを造って販売している人と出会って、
このふたつの家で使うことになったんですよ。僕のなかでは、
困ったときのヨシズマンということで頼りにしていまして、今
ではお施主さんとも仲良くなってまして、ヨシズが古くなると
新しいものに換えたり、サイズも自由自在にオーダーできるの
で地窓にも使ってみようということになったり・・・・・」
 細かく対応してくれる職人さんの存在が浮き彫りになってき
て、それもいっしょに絵本を読んだからこそ共有できる世界の
ような気がしました。
 ちなみにヨシズマンさんは渡良瀬の職人さんということです。
技ありのヨシズを御用命の際は、どうぞ小川さんにお尋ねくだ
さい。
 こんな風に絵本をめぐってお話していると、ただの作品集を
見ているのとはまたひと味違った建築家の素朴な横顔が見えて
くるように思いました。建築家の絵本は、その人の人柄がにじ
み出ているのです。
 今回は12人の建築家たちが「住まいの絵本」を制作してく
れました。なかには建主全員参加による物語形式のものもあり
ます。御出演いただいた建主の皆様ありがとうございました。
この場を借りて御礼申し上げます。
 建築家の方々にもぜひ観ていただきたい力作揃いです。また
著名な作家たちの絵本や鋭い視点の絵本も揃えております。合
理的なだけでなく、デザイン性を追求するだけでなく、心をほ
っと和ませる家づくりをお考えの建主、建築家、工務店の皆様
に読んでいただきたい絵本ばかりです。
 この「住まいの絵本カーニバル」は、東京は17日まで、そ
の後、大阪、福岡、熊本で開催します。また今はまだ約100
冊の絵本ですが、すこしずついい絵本も増やし、いろんな場所
で定期的に開催したいと考えております。
 家づくりは幸福づくり! ファンタジックに楽しみましょう。
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by cafejien | 2006-10-16 12:16
2006年 10月 09日

【日曜ドーデショウ】

‥日曜日は体を動かして遊びましょう。
<例のコラム>
 週末には、よくDVDを借りて観ます。
 今日は「かもめ食堂」を観ました。
 フィンランドの港町で日本人の女性3人が「食堂」を開く物語
ですが、淡々とごく自然な人々との交流が描かれていて、観て
いる間も、観終わったあとも、ほんわりとして気分にさせる映画
でした。
 昔は日曜洋画劇場という番組があってこゆい眉毛をした淀川
さんが独特の口調で案内人を勤めていましたが、最近はビデオ
やDVDがあるので、テレビで映画を観る人も少なくなったのでは
ないでしょうか。(水曜日には水曜ロードショウという番組もありま
したね~)
 でも、日曜日は、本当は部屋で映画なんて観ていないで、外に
出かけるのがいいですね。そのほうが健康にもいいに決まってま
す。
 で、今日は午前中にDVDの前半を観て、そのあとで、近くのギ
ャラリーに行きました。(後半は夕方観ました。DVDはこんな邪道
鑑賞もできちゃうところも現代的です)
「かもめ食堂」みたいに、小さくて気持ちのいい個人ギャラリーで
す。聞くと自分が住んでいた住宅を大家さんの許可をもらって小
さなギャラリーにしたのだとか。ますます「かもめ食堂」的です。
 なかなかいい気分になったので、それからカフェにいき、典子さ
んと娘もいっしょに秋以降のプロジェクトについて楽しく企画会議
をしてしまいました。
 さて、みなさん、日曜はいかがお過ごしですか?
 しっかりと休養をとって、未来の計画を練っておいででしょうか?
 もし、あまりに仕事がいそがしいようでしたら、時には気分転換
して近くでも散策してみましょう。
 そうだ!今度の日曜どうでしょう(ドーデショウ<笑>日曜ドウ
デショウ!!。これ言いたかっただけです。しつこい?)、お気に
入りのカフェでお気に入りのカプチーノでも飲みながら家族や友
達の話でもしてみるというのは。
 そのカフェが、カフェコワンなら僕としては、もうそれ以上、言う
ことはありません!!
 
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by cafejien | 2006-10-09 02:07
2006年 10月 09日

【邪道ブログ】

‥どうしてみんな日記なんて公開するのだろう?
<例のコラム>
 ブログは日記のみを書くべきものだとすれば、僕のこのブログ
は邪道ブログです。コラムという逃げ口上で、およそ日記とは程
遠いことしか書かないからです。
 正直に言って、他人の日記を読むなんてあまり気が進まないし、
しかもそれが長文だったりすると(僕もですが・・・)読む前からうん
ざりしてしまうほうなのです。まー今が学生時代で好きな女の子
の日記帳がひそかに公開されていてそれを読んでもよいという神
からの特権でも与えられたのならば話は別なのですが・・・。
 うまい具合に日記風に書いているブログを読むと、この人は本
当にオープンで気持ちのいい人だな~と感心してしまいます。毎
日のなかには人に言うまでもない些細なことも数多くありますし、
これは言いたくないと思えることも少なくないので、それを素直に
しかも面白く、または興味深く表現している人を見ると尊敬してし
まうのです。
 といっても、あるひとつのコミュニティの約束事にそってブログの
世界が描かれていると観ると、幾分か気分が和みます。つまり料
理仲間、車仲間、釣仲間、建築仲間、カフェ仲間というように、ひ
とつの共有体を意識しあえる仲間に向けての公開日記というふうに
ブログを理解すると、情報共有としての媒体として納得がいくので
す。
 ま~それくらいに気軽に考えればいいのですが、正直であるべ
きか否かなんて考えてしまうものだから、そんな衒いを隠そうとし
て、僕の場合は、コラムという形態で書いてしまいます。
「桑原さんの文章はちょっとお説教臭いんだよね~」とある編集者
に言われました。まさにその通りだと思います。ついつい人のため
になることを語ろうという意識が僕には働くのです。そんなこと余計
なお世話かもしれないのに、です。
 これには理由があります。僕の父が厳格な教育者だったのが遺伝
している節があるのです。父は小学校の教員を定年まで勤め上げ、
その後国立大学の教育学部でいずれ教員になる学生たちに教育
の現場を教えるという教育学の講師をしていました。一生教育の人
で、大学受験で深夜勉強をしていたときの僕がようやく布団に入ろう
と父の部屋を見るといつも煌々と灯りがついていたのは今でもよく
憶えています。
 おそらくはその父の遺伝で説教口調になる自分の癖を隠そうとして
コラム風のブログを書いているわけです。
 もし読んでいる人がいるとしたら、僕の邪道ブログにはそんな理由
があるのでご理解ください。
 こんなこと書いていると「所詮ブログなんて表層なんだからよ~そ
んな格好つけんなってー」という誰かさんの強烈な激励の指摘が聞
こえてきそうです。
 表層も、スキーのように楽しく滑れば、それはそれで良いことなのか
もしれません。
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by cafejien | 2006-10-09 01:38
2006年 10月 09日

【コーラのチカラ】

‥チカラは思い込みで生まれる。
<例のコラム>
 小学校の高学年のときにテレビの中で東大闘争を観て育った
僕らの時代には、少年野球ではなく、ソフトボールが一般的では
なかったと思います。僕の育った九州の田舎だけがそうで、都会
ではすでに野球が一般的な子供たちの遊びだったのかもしれま
せんが、その頃の僕にはソフトボールこそが最大の遊びであり晴
れの舞台でした。
 僕はショートを守り、2番か3番辺りを打っていたように思います。
毎年、地区大会があり、町内ごとに選手を決めて望むのですが、
大会に出ることができるのは、コーチをつとめる先輩たちによって
実力を認められた者たちなのでした。
 その選手選考会のときに、こともあろうに僕はお腹をこわしてしま
ったのです。チクチクと痛むお腹をおさえ、砂漠のように砂の舞い
上がる小学校の運動場の片隅で膝をかかえる僕の前に登場した
のがコカコーラでした。
「これはね、アメリカで飲まれてる栄養剤やけどね、どうね、飲んで
みるね?」
 そういって僕にコーラの瓶を渡してくれたのはTさんという先輩コ
ーチで、なにかと僕をかわいがってくれた人でした。
「栄養剤って?」
「栄養剤ってね、すごいチカラが出る飲み物たい」
 そういってTさんはコーラの瓶を目の高さに持ってにやりと笑いま
した。Tさんは僕らの小さな町内に唯一あったT商店の跡取り息子
です。ことあるごとにスイカや瓜といったお店の商品を持ち出してき
ては仲間に配るので、みんなの尊敬を集めていました。
 コーラの瓶をはじめて観た僕は、今までに見たこともないその滑
らかな流線型をしたボディデザインに翻弄されました。薄緑色のガ
ラス瓶は生き物のように体をくねらせて僕の手にわたりました。瓶の
なかでは黒い液体がうごめいています。
「怪しい・・・。怪しすぎる」と僕は思いました。しかしそう思っているの
とは裏腹に、僕はよく冷えた流線型をわしづかみにして、ゴクッ、ゴ
クッと乾いたのどに黒い栄養剤を流し込んだのです。
 僕は目覚めました。自分はなんとひ弱だったのだろう。たかが腹
痛くらいでへこたれているなんてなんと情けないのだろう。
 コーラを飲んだ僕はさっきまで膝をかかえていた少年とは別人に
なっていました。腹痛はどこかへ消え去り、天には雲ひとつない青
空が広がり、僕は木のバットを持ってバッターズボックスに立ってい
ました。
「コーン!」
 快音とともに僕の打ったソフトボールは左中間を抜けていきました。
すごい声援がわきおこり僕は走り出しました。
 二塁打を放った僕が地区大会の選手に選ばれたことはいうまでも
ありません。
 コーラがただのドリンクだと知ったのは、それからすぐのことでした
が、それでも僕はコーラには不思議なチカラがあるような気がしてな
りません。それは今でも同じで、時々無性に黒い栄養剤を飲みたくな
るほどです。
 思い込みのチカラは絶大です。
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by cafejien | 2006-10-09 00:48
2006年 10月 05日

【風に吹かれて】

…五木寛之のエッセイ集のタイトル。昔の本を読む心とは・・・
<例のコラム>
 最近あまり本を読みません。読みたい本が見つからない
のと、自分が書くほうが楽しいからです。
 でも活字は好きなので古い本を飾っている本棚から何冊
かは取り出してきてベッドの横の机においています。
 五木寛之の「風に吹かれて」もその一冊。全ページが色
褪せた文庫本です。表紙をめくると作家の若い頃の写真が
載っていて、「あの人はやはり男前だったのだな〜」と頷
いてしまいました。
 47話ものエッセイから成っていますが、一つひとつは短
いので眠る前に数話ずつ読んでいます。エッセイの内容は氏
の振り返った日常とそれに対する思いで構成されています。
氏いわく「私は、私をめぐる当時の風俗についの表皮につい
て、その記憶について書きたいと思う。そして、また、現在
の私の漂流地点における個人的な感慨について書いてみたい」
とあります。漂流していると告白している割には、やはり格
好がいいな〜と正直思ってしまいます。
 僕らがリアルに認識しうる年上の世代というと、氏の世代
から団塊の世代までくらいでしょうが、この年上の世代の人
々は何事にも一家言があったように思います。ところが、昭
和32年に生まれた僕の世代となると、何事にも団塊の世代の
様子をうかがい、その失敗に見習って損をしないように生き
てきたように感じます。それは末っ子気質とでも言えるよう
な調子のいいもので、東大の安田講堂が陥落するのをテレビ
画面で観て育った絶対条件から身に染み付いたものなのだと
思います。もちろん僕らの下にも世代は続々と生まれている
のだから決して末っ子ではないのですが、それでも何か曖昧
ではあるけれど、不確かではあるけれど一つの時代の終わり
に生まれてきた者たちの甘えのような共通の体質がそこにあ
るように思えるのです。
 僕らも僕らの年上世代のように「オレは今、漂流している
んだぜー」くらい言い切っていいのかもしれません。でもそ
んなに格好よくないしな〜とか、思う前に飛んじゃっていい
のかもしれません。
 臆病風に吹かれながらも、すこしでも時代の表皮につめ痕
を残すことに専念しましょう。
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by cafejien | 2006-10-05 20:16