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2006年 01月 28日

【即興演劇式発想法】

…一つの楽観的な人生の作り方。叩き台を提示して、まず実行、そ
して反省して再度実行!
<例のコラム>
 大学生のときには演劇をやっていました。つかこうへいや唐十郎
といった鬼才が最前線で活躍していたころです。僕らは学内で天覧
劇場という演劇サークルをつくって、その頃大阪の梅田にあった阪
急ファイブのオレンジルームの舞台に立つことを目標に日々精進し
ていました。
 その頃僕が書いた作品が「日本のドン・キホーテ」というもので
ある小説家が新たな作品を産み出すために編集者とともに無人ビル
に入って一夜を過ごすという設定でした。その中でその小説家が新
たな小説のアイデアをひねり出すために使う手法が「即興演劇式発
想法」というものです。
 これは、いろんなシチュエーションを設けて即興でお芝居を演じ、
その芝居世界を構築する中で小説の筋をつくっていくという方法で
す。
 僕はこの方法をその芝居の中だけでなく、実は現在の実生活でも
結構使っています。
 例えば仕事の進め方などは、まさにこの方法です。僕はまず何事
にも叩き台をすぐに提案するのです。僕に割り当てられる役柄はた
いがいはプロデューサーなので、企画のラフアイデアをまず叩き台
として僕が口にします。だいたいはちょっとズレた叩き台になって
いることが多いので多少なりと恥をかくことになるのですが、その
時の周りの反応を見るのも面白いのです。企画事はチームでやるこ
とが多く、いろんな人物が参加しますが、下手な叩き台を見てちょ
っとクールに構える人、意にかいさず自分の意見を誠実に述べる人、
なかなか本心を出さない人など、いろんな人物相関絵図が叩き台の
周辺に一瞬にして描き出されるのです。
 叩き台があるということは即興的にセリフが提示されたことに他
なりません。さて次はどんな役者がどんなセリフを口にするのか、
僕は物語の筋をそこから描くのです。
 この手法は、別名「空蝉(うつせみ)の術」ともいいます。忍者
が使う忍術の一つです。手裏剣などを投げて手応えがあったんだけ
ど、実はそれは着物を着せた枯れ木だったりするあの技です。
 つまり、ある意味、叩き台は空蝉であり、術にかかった人はその
空蝉に向かって言葉の手裏剣を投げるのですから、お気の毒ではあ
るのですが、このほうが話が早いのです。
 人間は複雑な生き物なので、なかなか心を裸にすることはできま
せん。プライドや競争心などが邪魔をしているので、まずは心の柔
軟運動をすることからスタートするくらいがちょうどいいのです。
 今進めている幾つかのプロジェクトでも僕は即興演劇でいくつも
の空蝉をばらまきながらコトを運んでいます。時々僕が間の抜けた
ことを言うのはそのせいですから、ご用心!! でも時には気のき
いたアドリブを返してくる役者がいて呆気にとられます。すると僕
もアドリブを返し、と、相手もアドリブで対抗し・・・そうやって
仕事は楽しくなっていくのです。
 誰だって得意な術やスタイルって、ありますよね?!
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by cafejien | 2006-01-28 14:08
2006年 01月 20日

【うさぎの一生】

…生きる者はすべて、一定の寿命を得て、その役割を
全うすること。
<例のコラム>
 うさぎを飼っています。名前はモウと言って、今年
大学を卒業して社会人になる長女が高校二年生のとき
に友人からもらってきました。
 モウというだけあって、牛柄です。リビングの片隅
に置いたうさぎ小屋に住んでいて、食事時に鍵をあけ
てあげると飛び出してきます。食後はリビングをかけ
めぐり、リビングのドアが開いていると廊下から各部
屋へと走り抜け、気が向いたらまたリビングに戻って
きてテーブルの下やソファの上などに寝そべっていま
す。娘の言によると、モウの兄弟たちはいろんな家庭
にもらわれていきましたが、育てられる環境で性格も
決まるらしく、狂暴化したうさぎもいるそうです。そ
の兄弟たちの中でも、モウは非常におとなしい性格の
ようです。
 うさぎの寿命は七年程度といいますから、あと一年
ほどで天寿を全うするかもしれませんが、今日も元気
に走りまわっています。猫や犬ほど意思の疎通はでき
ないのですが、家族の足の周りをグルグルまわる仕草
やグタ−と寝そべる姿を見ているだけで心が癒されま
す。
 あと一、ニ年でこの世からいなくなるかもしれない
生き物がリビングを駆け巡る姿を見るとき、僕は何者
にも寿命があることを思います。
 昨今、ライブドアの不正や偽装耐震問題が話題にな
っていますが、そこにも「システムの限界」という寿
命があるのかもしれないと僕は考えます。あるシステ
ムも一定の役割を終えると、次のシステムへとバトン
タッチをして寿命を終えていくべきなのでしょう。
 そう思って身の回りを見てみると、だいたいのモノ
が想像できる一定の寿命の中で存在しています。ただ
寿命を全うしても、それが生きている間に輝いていれ
ば、人の記憶となってそれは永遠に残るのです。
 モウちゃんのことはずっと憶えているだろうけど、
果たしてホリエモンやアネハなんて言葉は僕の記憶に
残るでしょうか。
 モウちゃん、だってカワイイもんなー。
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by cafejien | 2006-01-20 12:24
2006年 01月 14日

【ガクシャとゲイシャ】

…あるレベルにまで達した者は、業にかかわらず、人の心を引きつけ
るということ。
<例のコラム>
 金沢に行ってきました。「医薬農工連携促進セミナー」という一度
聞いただけでは家づくりとは無縁とも思えるセミナーに参加するため
です。
 実はそこで九州大学の高木厚司先生が「生活環境に潜む健康被害の
リスクとその対策」という講演をされたのですが、これが快適な住ま
いづくりに大いに関係しているのです。
 高木先生は遺伝子が酸化損傷していく現象を単一の指標とする実験
方法を発明されたドクターですが、この実験方法を使えば、住宅に使
用される素材を、「体にいい影響を与えるか否か」で見分けることが
できるのです。住宅の中で複合的に作り出される水や空気も、それが
遺伝子に影響を与えるものであるかどうかという極めて繊細なレベル
で調査することができるのです。
 僕はこの実験方法を用いて「室内の空気環境を考える研究会」のよ
うな運動体ができないかと思っています。そこで、このセミナーのこ
とを話し、ぜひ参加したいとおっしゃった珪藻土メーカーの方にも来
ていただきました。
 講演は高木先生の他に国立循環器病センタ−の萬代隆先生も行われ
ました。演題は「クオリティ オブ ライフ(QOL)の評価の進め方」。
QOLという「人生や生活の質や価値観」における満足度という視点を
医療の現場に入れるというものですが、これもまた建築家との家づく
りにおける満足度という観点と重なるものでした。
 いずれの講演もユーモアと人間味にあふれ、知的好奇心を刺激する
ものでした。話している先生方も、どこかしら得意気で、実に楽しそ
うなのです。
 医療の現場で働かれている先生方(学者)の話を聞きながら、知的
好奇心が満たされていくと、僕はふと、「ガクシャとゲイシャ」とい
う言葉に辿り着きました。
 セミナーに参加する前に古都金沢を代表する「ひがし茶屋街」を散
策したからかもしれません。石畳の路には格子の町屋が連なり、暖簾
をおして白塗りの芸者さんが登場するイメージを引きずったまま講演
にのぞんだのでしょう。
 学者は学問で人を感動させ、芸者は芸能で人を酔わせます。学と芸
の違いはあれ、あるレベルにまで達した者は、その持てる技で人の心
を引きつけるのです。
 ユーモアあふれる学者たちの話しっぷりはガクシャとなって僕の心
にゲイシャを想起させました。
 こんな不思議な想像が起るのは、金沢が伝統芸能と高度な職人技術
を宿す町だからでしょうか。
 鼓の調べ緒を柱に見立た金沢駅前の『鼓門』が、そんな金沢の不思
議な魅力を象徴しているようでした。
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by cafejien | 2006-01-14 01:50
2006年 01月 10日

【歩く、歩く】

…足を交互に前に進め、周囲を確認しながら自分に必要なス
 ピードで移動すること。
<例のコラム>
 僕は福岡と東京を往復する生活をしています。福岡に居る
時には車での移動が多いのですが、東京での移動は公共の交
通機関と徒歩がほとんどです。従って、東京に居る時のほう
が福岡に居る時より遥かに歩くのです。
 写真は大手町駅からカフェコワンに向かう途中、日本経済
新聞社の前を歩いている時のワンショット。その日の日経新
聞が掲示された壁面のガラスケースに向かって撮りました。
 東京での移動の大半は地下鉄ですが、駅から目的地までは
歩くことになります。で、てくてくてくてく、とぼとぼとぼ、
しゃきしゃきしゃきしゃき、目的地で出会う人の顔を想像し
ていろんな気分の足取りになって歩いていくのです。
 今年は、秋頃に全国的にイベントを開催しようと計画して
いますので、例年以上に歩くことになるでしょう。
 爪先の向かう先にいったいどんな人が待っているのか、そ
れを楽しみにして歩いていこうと思います。
 歩く、歩く! それが今年の新年の抱負です。プロトハウ
ス事務局を旗揚げしてからこの数年間、じっくりと歩いてき
ましたが、今年は今までの歩みの上に立って、より確かな軌
跡を描く年になると思います。
 正直に言うと、東京に居る時はよく歩くので、運動量も倍
増し、よく言えば健康的ですが、肉体的に疲れるのも事実で
す。しかし、歩くのは健康の基本ですし、歩くことによって
周囲の変化もリアルに解るわけですから、もっともっとその
ことを意識して歩くことにしたいと思います。
 じっくりゆっくり自分の目標に向かって歩く。今年は、そ
んな一年にしたいと思います。
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by cafejien | 2006-01-10 00:22
2006年 01月 06日

【美人の鼻毛】

‥‥高慢な人には誰も注意してくれないという意味。「裸の王様」と
ほぼ同義語。
<例のコラム>
 お正月は田舎に帰ってきました。僕の田舎は熊本県の人吉市とい
って九州のヘソ的な位置にあります。それは、熊本と鹿児島と宮崎
の県境で、昔から武道の盛んな土地柄です。というわけで僕の小学
生時代は全力で剣道少年だったのですが、詳しくはこのコラム【5】を
ご覧下さい。
 初詣に行ったのは青井神社です。実は僕が剣道デビューしたのも
この青井神社でした。その試合会場となった中庭を望みつつ二礼二
拍手一礼を。それから家内安全のお札を買って、家族全員でお御籤
を引きました。不思議なもので、みなそれぞれの今年の予定や機運
とお御籤の文面が一致しているところが多く、「すごいねー、青井神社
って当たるよねー」とみな感心しきりでした。
 で、僕のお御籤は「大吉」。今年は春頃に新しい本を出す他、いろい
ろと計画しているだけに神様からの嬉しい便りです。何事にもまずは
成功を確信して動き出す楽天的な性格なだけに、僕は今年起こるは
ずのドラマチックなサクセスシーンをついつい想像してしまい、思わず
心がウキウキとしてくるのでした。
 でものぼせ上がるのは要注意。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」と
いう諺もあります。それに僕が引いたお御籤にだって「傲慢になるなか
れ!」とあるではありませんか。
 まー、お御籤に「!」マークは付いていなかったのですが、僕はそ
れほど謙虚に努めようとも思っていたわけです。
 そう言えば、昔々、僕の知っている美人が小粋なカフェで小さな丸
テーブルに頬杖をついて何か、たぶんオシャレな言葉を口にしていた
のですが、そのとき彼女の鼻から一本の鼻毛が出ていたことがあり
ました。でも、僕は自他ともに認める美人の彼女にそのことを教える
勇気はありませんでした。
 「美人の鼻毛」とは、そのときに思いついた言葉です。これは男性の
逸話に置き換えるならば「裸の王様」と似ています。つまり、当人以外
はみんなその人が恥ずかしい状態にあることを知っているのですが、
誰もその事実を当人に教えてはくれないのです。
 とても品のよい小さく高くまとまった美しい鼻の穴からピョンと突き出
た黒い針のような鼻毛!
 お御籤を読みながら、ふとそんなことを思い出した僕は、「僕は『裸の
王様』にはならないように気をつけよう」と頭の中で小声で呟いたので
した。
 それから僕らは、お御籤を梅の小枝に結び付けて、昔懐かしい境内
を後にしました。
 どうやら今年も、おめでたい一年になりそうです。
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by cafejien | 2006-01-06 01:01