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2007年 09月 28日 ( 1 )


2007年 09月 28日

【男旗】otokogi

…心に旗を立てた男は面白い
<例のコラム>
「いや〜医療ミスで大変だったんですよ。何度も入退院を繰り返し
てましてねえ、それでやっと退院してきたばかりなんです」
 そう言って、電話の向こうで男の太い笑い声がした。
 それから一週間も経たないのに、その人が亡くなったという連絡を
僕は受けた。
「うそ! だって元気そうだったよ!」と僕は言ったきり、しばらく言葉が
出なかった。
 亡くなったのは、付き合いがあった工務店の社長さんで、当人の説
明の通り、医療ミスが原因だったらしい。
 この人は男旗を感じさせる人だった。建築家の紹介を受けてコワン
でお会いしたのだが、一見すると職人気質でとっつきにくそうなのに
僕の話をじっくり聞いてくれて自分なりに納得されると大きく頷いてい
らっしゃった。はにかんだ笑顔がチャーミングだった。
 この出会いから半年も経たないうちに、この人が死ぬなんて誰が想
像しただろう。
 会ったその夜、これから皆で飲もうということになったのだが、その人
は、還暦を迎えた年齢なのに、これから○○○(名前は忘れたが、確
か有名な外人女性シンガーだった)のコンサートがあるので申し訳ない
ですねえと言って先に店を出て行かれた。僕はドアのところまでその人
を見送り、握手を交わしたのだが、それが最初で最後の、その人との
握手となった。
 その人は、群馬県でバウハウスという工務店を経営している岩上玉男
さんで、その工務店のサイトで紹介している住宅のほとんどは岩上さん
のデザインによるものだが、いずれも温かな味のあるデザインになって
おり、その家に住まう人はこの上ない心地よさに包まれているに違いない
と僕は思った。
 岩上さんの中には、自分が成し遂げたい夢のタイトルを書いた旗が揺
れていた。そこには「いい家をつくりたい」と書かれていた。その旗を観た
人たちが彼の周りにやってきて会社をつくり、家づくりを注文した。旗は
男の志を映して輝きを放ち、それが男を面白くも魅力的にも見せるのだ
った。それはちょっと話しただけの人にも感じることのできるものであり、
それを持つ人を僕は密かに男旗のあるヤツと呼んだ。
 それは誰がなんと言おうと、こうと決めたらその道を進む、責任感と自信
に満ちた旗だった。そこにはなんの迷いも躊躇いもなく、一つの二言もな
かった。
 僕は今までそんな男には数人しか会ったことがない。
 岩上さんは、医療ミスのことは話してくれたものの、おそらく本心では、
そんなに怒ってはいなかったのではないかと思う。電話の向こうの声の調
子が、バルセロナオリンピックのマラソン競技で転んで靴が脱げた谷口浩
美が「いやあ転けちゃいましたよお」と笑いながら言ったあの感じに似ていた。
「いやあ、医療ミスに遭っちゃいましたよお」そんな感じで言った男の声は
太く笑っていた。
 もしかしたらこのとき岩上さんは自分の死を予感していたのかもしれない。
 心のどこかで「死」という文字を書いた旗が揺れているのをちょっと感じて
無理に笑ったのかもしれない。
 
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by cafejien | 2007-09-28 18:15