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2006年 03月 30日 ( 1 )


2006年 03月 30日

【立て、立岡】

…心のなかに眠っている強い存在。自らを奮い立たせるときに
つぶやくオマジナイの言葉。
<例のコラム>
 中学1年生のとき、クラスメートに立岡くんという頼もしい兄貴
のような友達がいました。
 彼は、頭脳も肉体もどこか大人びていて、常に弱い者にやさし
く、周囲の誰からも尊敬される存在でした。遊びを発明する天才
でもあり、彼が考案した「うさぎ跳び合戦」などは、遊びながら肉
体を鍛える究極のゲームでもありました。どうやるかって? それ
はすごく簡単。2チームに別れて陣地を決め、うさぎ跳びをしなが
ら相手の陣地を先に奪った方が勝ちなのです。休み時間になると
僕たちは、手を後ろで組んでうさぎ跳びをしながら廊下の端っこの
相手陣地めざしてうさぎ跳びを続けるのでした。
 立岡くんが凄いと思って感心したのは、国語の時間に、彼が即
興の物語をみんなに語ってくれたときです。どんな話だったか今
ではほとんど忘れてしまいましたが、森に暮らす老人が大樹の切
り株と会話をするというような非常にファンタスティックな内容だっ
たと思います。僕はもうほとんど感動して彼の話に聞き入っていま
した。
 その後、別々の高校に進学した僕らは高校2年生のときにいっし
ょに南九州一週のサイクリングに行った後、それから今まで何の
連絡もとっていません。しかし、僕の中で立岡くんはしっかりと存
在していて、時折疲れてくじけそうになる僕を励まし、勇気づけて
くれるのです。
 今、男たちが疲れています。先行きの不透明さに疲労困憊し、鬱
になる男たちも多いように思います。僕の周りでも、そんな男たち
の話をよく聞きます。社会が混迷のなかにある今、必要以上に社
会的な存在である男たちは、気がつけば、自らの存在理由を見出
せないかのように鬱の闇のなかに落下していくのです。
 そんなとき、心のなかに強い存在があることを思い出して、自らを
奮い立たせてほしいのです。僕の場合それは、立岡くんという、無
垢なる、頼もしい兄貴のような絶対的な存在です。
 僕は鬱的な闇が背後に迫ってくると、心のなかで言葉を発します。
「立て、立岡! 立つんだ立岡!」
 なんだか「明日のジョー」のようですが、意外にこんなシンプルな
オマジナイが心に勇気を与えてくれるものです。
 さあ、憂鬱な男たちよ、心のなかで言葉にして叫びましょう。
「立て、立つんだ○○!」
 この○○の部分は自らのなかの強い存在を代表する言葉に置き
換えてください。そして、男たちよ、ぐっと肩の力を抜いて、自分に
できる生き方をすればいいことに気づいてください。
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by cafejien | 2006-03-30 00:09