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2005年 12月 07日 ( 1 )


2005年 12月 07日

【猫の葬儀屋】

…偉大なる自然の循環。
<例のコラム>
 忘年会のシーズンです。先週は僕も東京、大阪で忘年会を
行い、今週は福岡で開催します。今年の忘年会は、来年へむ
けてのメッセージも多くはりきっていますが、会場の外へ一
歩出れば、そこには冷たい巷の風が舞い起こっているのでし
た。飲屋街の街角には酔いつぶれた人が路面にへたり込んだ
りしています。ああならないよう気をつけようと泥酔氏の横
を通り抜けようと歩いていくと、泥酔氏の横に死んだ猫が横
たわっているのでした。飲屋街だし、忘年会の途中なので何
もできなかったのですが、僕にはそれが心残りでなりません。
 思えば、今年はよく猫の亡骸に出会いました。車を停めて
歩いていく途中で女子中学生が道の真ん中に立って路面を覗
き込んでいるので声をかけたら、そこには小さな亡骸が一つ
横たわっていました。
「どうしたの?」と訊くと、
「道を渡ってるときに車にはねられたんだと思います」
 女子中学生は、その亡骸を前にどうしたらいいのかとその
場を立ち去れないでいたのでした。
「道の真ん中に置いておくと、また車にひかれるから、端に
移動させようね」と僕は言って、猫に触れると、それはまだ
生暖かく、事故が起こってからそんなに時間が経過していな
いのが解りました。
 猫を道の端に移動させ、そのまま放置するのも可哀想だし、
かといって何処にも連れていきようがないので、道に面した
住宅の方にお願いして保健所に電話をしてもらうことにしま
した。歩く方向が同じだったので、その女子中学生と話しな
がら歩いていくと、その子が僕の娘の後輩だと解り、何とな
く心が暖かくなる思いでした。
 それからしばらく後のことですが、自宅近くの大きなクス
ノキの下に集まり、涙を流している家族と出会いました。僕
にはすぐにピンと来たので近づいて声をかけました。
「何を埋めているんですか?」
 するとお母さんらしい初老の女性がこたえました。
「うちの猫なんですよ。元気だったのに、それが・・・」
 後はもう声になりませんでした。おそらく社会人と思える
年齢のお子さんも二人ほどいらっしゃいましたが、全員が泣
いていました。家族同様の猫だったのでしょう。
 僕はお悔やみを言って、そこを離れました。そのクスノキ
の根元には、実はもう一匹猫が眠っていたのですが、その場
所をうまい具合に避けてお墓を掘ってくれたのでしょう。
「他に何か埋まってはいませんでしたか?」という僕の質問
にお母さんは怪訝そうな顔をしながらも顔を横にふったので
した。
 その場所に僕が猫を埋めたのは、その約1年ほど前のこと
でした。車にはねられ硬直した亡骸を発見して可哀想だった
ので、そのクスノキの根元に埋葬したのです。
 その大きなクスノキの下には、おそらく何十匹という数の
猫が眠っているのではないでしょうか。そこならば安心して
眠り続けることができるという大らかな大気を感じさせる場
所なのです。
 クスノキは猫の葬儀場でもあり、土葬場でもあり、お墓で
もありました。その大樹の横には公園があって子供たちの笑
い声が絶えないので、墓参者にも事欠かないというおまけま
で付いています。
 僕には、そのクスノキが、猫の葬儀屋さんのような気持ち
になってくるのでした。
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by cafejien | 2005-12-07 14:15