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2007年 03月 28日

【なんちゃって不条理】

…僕の青春の記号かな〜
<例のコラム>
 次女が旅立つ。京都の大学で食物栄養について学ぶのだという。
 完全な理系である。
 僕が高3の時点できっぱりあっさり断念した理系である。
その理系に進学するため意気揚々と旅立ちの準備をしている娘を
思うとき、父親はすこし涙目である。嫁ぐわけでもないから、どうと
いうことはないのだが、すでに長女が社会人となり、ここ数年、家
では妻と次女との3人暮らしだったので、ちと寂しいのである。
 僕の大学時代は「食物栄養について学ぶ」などと明確な目標は
なかった。入学したのは仏蘭西文学部である。高校生までは剣道、
陸上と寡黙な個人技体育会系だった僕は、そこで、それまでと百八
十度異なる文芸部に入った。宝塚で行われた新入生合宿ではしこ
たま飲まされ最悪のゲロゲロ状態だったものの、そこで、サルトル
の実存主義とはーとか、だから「嘔吐」はねーとか文学青年先輩が
たのロジカルな言葉責めに遭ったのだった。だからサルトル「嘔吐」
は僕の中ではどうも酒臭い。吐いた日本酒のすえた臭いがするの
である。
 なかでも酩酊してしまったのがアルベール・カミュの言うところの不
条理という概念だった。「シーシュポスの神話」や「異邦人」のなかで
僕は不条理を学んだ。カンタンに言えば、世の中、不条理なことばか
りじゃん! いくら正当に生きていてもいつでも傍に不条理な世界があ
るんだぜー!という概念である。ちょうどそのころフランスの映画運動
ヌーベルバーグの代表ともいわれるアランドロン主役の「太陽がいっ
ぱい」を観た僕は、その不条理なラストシーンにいともたやすく感動し
「不条理ってかっこいい!」などと思い込んでしまったのだった。
 それ以来、この不条理を超える文学の概念に出会ったことがない僕
は日本の小説がちんけに思えてまじめに読めなくなってしまった。日
本の小説家でまもとに読めるのは大江健三郎ぐらいだと仲間たちと
飲むたびに豪語した。完全なる文学かぶれである。
 しかし、僕はいまだにこの「なんちゃって不条理」状態から抜け出せな
いままである。
 娘は京都でどんなカルチャーと出会うのだろう。
 その成長を楽しみに見ていきたい。
 京都といえば大阪であり、神戸である。
 というわけで、ここからはお仕事のご報告。
 3月24日に神戸のエクレアキッチンさんの中にプロトハウスパークが
完成したので行ってきた。
 オープニングパーティではスペインギターの演奏もあり訪れた建築家
たちもしばしその情熱的な音色に酔いしれた。
 写真は「建築家の仕事展」と銘打った写真展示のための壁面演出であ
る。大川市の広松木工さんがつくるダカフェフレームという木製のフレー
ムを壁のスチールバーに磁石でとめてみた。なかなかいい感じだと思う。
ここでは、建築家たちの仕事を紹介しながら、実際の家づくりの相談にも
応えていく。神戸の人は、ぜひ利用してほしい!!
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 翌月曜日は、5月に開催するブルースカイミーティングのための打合せだ
った。
 イベントで実際に使うのと同様の53枚のカードを使ってロールプレイング的
にシミュレーションしてみた。
 来場者役の僕らがまずは「こんな家にしたいという思いを感じる」カードを3枚
選び、そのカードをネタにして建築家に家づくりの相談をするのである。建築
家も同じ53枚のカードの中から「こんな家づくりを提案したいという思いを伝
えることができる」カードを3枚選んでおくのだが、例えば同じカードを選んで
いても、そこから感じているイメージはそれぞれに異なる。言うならば心理テ
ストのような感覚で、カードを使いながら心をニュートラルにした状態で本当
に自分が求めている住宅のイメージをつかんでもらおうと考えているのである。
 実際にシミュレーションしてみて解ったのが、カードをネタにして会話するだけ
なのに「テイスト」「コンセプト/思い」「機能」という3つのカテゴリーに渡って、会
話する者同士の思っていること、感じていることが確認できた。つまり、お互い
の相性が“深い部分で”確認できたのである。
 これは実に面白い経験だった。この方法を使ったブルースカイミーティングは
きっと面白い結果を招くことになる、と確信した。
 「なんちゃって不条理」を生きてきた僕だが、ここには心理的な合理性を感じる。
理系の明晰さを感じた瞬間、次女の涼しい横顔が頭に浮かんだ。
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by cafejien | 2007-03-28 17:56


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