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2006年 12月 17日

【遠足の朝3】

 夜が明けるまで僕は一睡もできませんでした。目の周りは赤黒く
腫れ上がり、顔全体が熱を帯びています。それよりも床に押し付
けられ思うように殴られたことでの屈辱感が体中に沸々としていて
ある意味、僕は興奮していたのです。G君に復習する場面を何度
も頭のなかで反芻し、その度に、Gくんの正気を欠いた透明な眼
差しが思い出されるのでした。
 Gくんを倒すにはGくんを殺すしかない。一度や二度、 Gくんに喧
嘩で勝ったところで、執念深いGくんは必ずや僕に挑みかかってく
るでしょう。その度に僕らは戦闘を繰り返すことになるのです。復讐
には復讐という暴力の連鎖がそこにあるのです。堂々巡りの想像の
なか、結論すれば、僕にはその選択肢しか浮かびませんでした。
相手を殺すとは何か? 僕は思いました。それは、今の僕のすべて
の人生を捨ててしまうということだと。僕がGくんを殺せば、Gくんの
父母はもちろん、僕の父母も兄弟も、一生、人殺しという呪縛のも
とで生きることになるだろう。たかが喧嘩に負けただけだろうと人は
言うかもしれませんが、15歳の僕はそんなことを真剣に考えていた
のです。
 外が青白く白んできたとき、かすかに訪れた睡魔のなかで、僕は僕
なりの結論に達しました。
 この人のためならば人生を失ってもいいという場合は除けば、もう
腕力をふるうことはやめよう、と。今思えば、なんだか恥ずかしい決
意ですが、正気を欠いた、つまり「失うものを何も感じさせない」目を
前にしたとき、それに立ち向かい打ちのめすには、こちらもすべてを失
う覚悟がなければならないと感じたのです。
 それは、恐ろしい覚悟です。それ以上やるのならば、お前を切る!と
いう武士の覚悟です。
 この思いを胸に抱くことで、15歳の僕はなんとか精神のバランスを
保ったのでした。僕は決して喧嘩に負けたのではない、力の行く先を
見切ったのだ、と僕は自分に言い聞かせました。
 翌朝は学校の遠足でした。家族にあまり顔を見らないようにぎりぎりま
で布団に潜り込んでいた僕は、ガンガンと音のする頭をかかえて起き
上がり学校へ行きました。
 学校ではあまり人と話さないように心がけました。いろいろと聞かれる
と答えるのが面倒です。目的地への行き帰りや弁当の時間など、先生
と顔を合わさないようにしました。目の周りは赤黒く腫れ上がっている
のですが、意外に誰も不審には思わなかったのか、何も感じないよう
に殻に閉じこもっていたのか憶えてはいません。
 Gくんとはクラスが違ったので、それ以上、どうということはありませんで
した。今から30年以上も前の中学生時代にも、いじめはあったのでしょ
うが、それが原因で僕がいじめの標的にされるということはありませんで
した。
 それ以来、僕はただの一度も腕力を用いる喧嘩をしたことがありません。
その先に、ある種の恐怖があることを知っているからです。腕力はとどの
詰まりはヤルかヤラレルかなのです。それは戦争も同じです。
 Gくんはその後、高校生になっても連戦連勝で、ついには高校を中退し
ました。負けるわけがないのです。彼は負けを認めることなく執拗に襲い
かかっていくのですから。
 Gくんの周りにはいつも、ちょっと悪そうな取り巻き連中がいました。その
取り巻きの一人と僕が思い込んでいた男子生徒とその15年後くらいに
同級会で再会したことがありました。
「お前があの遠足に出てきたのには驚いた。あんな顔して来たから、みん
なお前に一目置くようになったとばい」
 酒が回ってきた彼はそう言って笑いました。
 僕もあきれるように「そうね、そりゃ嬉しかね」と言って笑いました。
 遠足の朝、なんとか自分に言い訳をしてそこにやってきた僕のことを観
ていたヤツがいたことに、僕は一人で乾杯したのでした。
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by cafejien | 2006-12-17 17:15


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