2006年 03月 31日

【日本的な美しさ】

…今では廃れつつある、日本人特有の美意識、感性。
<例のコラム>
 今まさに桜咲く季節です。
 日本の美を語るとき、最もよく引用されるのが桜ではない
でしょうか。春のこのときにだけ一瞬にして咲き誇り、香る
ような風とともに一気に散っていくその潔さに、人生にもオ
ーバーラップする刹那的な美しさを感じとる。その詩的な情
緒性のなかにこそ、日本的な美しさがあるのです。それは、
四季の移り変わりを繊細に感じとるなかで育まれた日本人の
感性美でもあります。
 この「日本的な美しさ」は、物事の表装に現れる見かけだ
けに宿るものではありません。人が用いる言葉や、行動、思
考にも及ぶのではないかと思います。
 あの人は潔い、あの人の暮らしはつつましい、あの人は礼
節を重んじる、あの人は粋だ、あの人は義理堅い、あの人は
情け深い。
 これは、人の行動や性格を表す表現ですが、どれもが日本
人ならではの美しさに満ちているものです。僕は言語学者で
はないので、このような言い回しで人の行動や性格を語る表
現が日本以外の国にあるかどうかは知りません。だからこれ
は僕の一方的な思い込みかもしれないのですが、このような
傾向が日本人の誇るべき性質として語り継がれてきたような
気がします。
 ところが今、この「日本的な美しさ」が見失われつつある
ような気がしてならないのです。ホリエモンや耐震偽装問題
がまさにそれ。潔く、つつましく、礼節を重んじる、粋で義
理堅い人であれば、あのような問題は引き起こさないでしょ
う。
 この「日本的な美しさ」が損なわれている最大の理由は、
利益最優先の市場原理主義だと、僕は思っています。その根
底にあるのは打算と欲にあふれた合理主義です。確かに合理
的な整合性をもって人生を組み立てることは必要ですが、そ
こに「やさしさ」や「しなやかさ」、「やわらかさ」がなけ
れば人生は豊かにはなれないと考えるのですが、いかがでし
ょう。
 何かを判断するときに、その選択が、「日本的に美しいか
どうか」を、考えてみましょう。そうやって考えた上で、心
にゆとりを持って自らの思いを決めると、その答えそのもの
も〝堂々と胸をはって語ることのできる〟豊かなものになる
のではないでしょうか。
 福岡城跡にある舞鶴公園の桜は、31日現在、三分咲きです。
杖をついた老婆が赤坂門からの緩い坂道を上ってきて、一息
をつきました。
 空は、青。一週間もすれば、薄紅色の桜の花弁が風に舞う
はずです。
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by cafejien | 2006-03-31 16:24


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