カフェ辞苑

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2008年 05月 08日

『やわらかな家づくり』へ

「カフェ辞苑」のコーナーもすでに三年。
この度、プロトハウスが提唱する「やわらかな家づくり」に
連動し、このコーナーを『やわらかな家づくり』にリニュー
アル致します。
日本の家づくりについて真面目に考える連載企画です。

また「月の舎」のコーナーは『やわらかな物語』にリニュー
アルします。
こちらは“家”をめぐる連載小説です。
乞うご期待ください!

これからも、どうぞよろしくお願いします。
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# by cafejien | 2008-05-08 15:13
2008年 03月 24日

花粉症と越境汚染

三月に入ってから体調がすぐれない。土砂のような黄砂が降った
その日に熱が出て事務局に行くのをやめ、その後は風邪と花粉症
がないまぜになった混沌とした症状のまま今日に至っている。
ようやくひと月が経って痰がおさまり、仕事にも意欲が出て来た
のだが、あの日、車のボンネットの上に嶋模様を描いて堆積して
いた黄砂を思い出すたびに頭がボーッとしてくる。
僕は大学の四回生(関西では年生ではなく回生と呼ぶ)のときに
花粉症を発症した。ちょうど秋の就職活動がはじまったばかりの
頃だったので、ボーッとした頭を初めてのネクタイ姿でなんとか
カモフラージュして面接に望んだのだった。
それ以来だから、もう三十年近く、この体質と付き合ってきたこ
とになる。アレルゲンテストによれば僕は春秋の花粉(杉やイネ
科の山野草など)をはじめ、ハウスダストにもアレルギー反応を
示すらしいが、真冬の室内外の温度差にも反応するので、ほとん
ど年中鼻を詰まらせている。
四回生の頃は、授業に出るのに下宿アパート(キャピタルビジョ
ンという艶やかな名前の男子専用共同風呂&トイレ&厨房付きア
パートだった)から大きなティッシュボックスを持ってきて机の
上にわざと目立つように置いたものである。そうやって自分が花
粉症であることを執拗にアピールしたわけだ。(今思えばそれに
どんな意味があるのか自分でも解らないのだが・・)
何度もティッシュペーパーでこするので鼻の下の皮は擦り切れて
白く剥げ、詰まった鼻腔からは際限なく透明な水がしたたり落ち、
時にはシイタケの足くらいの大きさに丸めたティッシュペーパー
を両鼻に突っ込んでアルベール・カミューについての講義をボー
ッとした状態で聴講するのだった。
あの頃の僕の救いは何かの本で読んだ「アレルギーは生体が示す
過度の抵抗なので、歳をとると抵抗力も落ちてくるからいずれ治
る」という思込み的情報だったが、一向に治る気配がない。まだ
まだ若いのだと思えば幾分自慢げにもなるが、いや実際に杉花粉
の飛散量がピークを迎える頃にはそんなことなど言ってられない。
そこに着て、最近はこの黄砂である。
都市の発展と砂漠化が中国の黄砂を何万倍にも強大なものにして
いく様を想像するのは僕だけでない。昨今は、断流といってあの
黄河が干上がる現象まで頻繁に見られるのだという。
中国には今から二十年前に行ったことがあるが、北京、南京、上
海と巡り、辿り着いた上海のホテルの前でヒマワリの種を食べ捨
てたかどで市民警察のようなおばちゃんにとっつかまり罰金切符
を切られたことを今も鮮明に記憶している。厳密には僕ではなく
僕らと同行していた旅行者が捨てた種が罰金の対象になったのだ
が、僕ら日本人が小太りのおばちゃんに罰金切符を切られる様子
をグルリと取り囲んで観ていた群衆は、その瞬間に、ガハハハハ
ッという怒濤のような太い笑い声の塊を発したのだった。
中国と言えば、このガハハハハッと自転車の濁流をかき分けて猛
スピードで道をゆくタクシー(僕らが乗ったタクシーはなんとシ
トロエンだった!)を思い起こす。
黄砂は中国上空で様々な窒素酸化物などの大気汚染物質を付着さ
せて日本に飛んでくる。餃子は空を飛ばないからそんな心配は不
要だが、僕の頭の中に浮かんだ黄砂のイメージ画像の上に毒入り
餃子がオーバーラップする。これくらい気にするなよ、ガハハハ
ッ! なんて軟弱な民族だガハハハッ! そんなノイズがイメー
ジ画像には付着している。
ウー、大陸的ダイナミズムに負けてなるものかと島国育ちの頭の
隅で思考するものの、その肝心要の頭がボーッとしていてうまく
機能しない。
地球はひとつながりなんだと思い知らさせる。対岸の火事なんて
あり得ない。
このような環境汚染を越境汚染と言うらしい。かつての高度経済
成長で日本もさんざん自国民を汚染した苦い経験を持つのだから、
その教訓をなんとかうまく伝えたり共有したりできないものか。
ガハハハハッ! そんな手には乗らないよっ!! 市場経済優先
の風潮の中、歴史は繰り返す。
人間が同じ過ちを繰り返すのは、誰にも止められないのか?!
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# by cafejien | 2008-03-24 17:07
2008年 03月 06日

春よ来い。

僕の生まれ育った実家の庭の前には田んぼが広がっていた。
田んぼ1反ほどもある家の敷地は、西側が国道に、東側が町道
にそれぞれ十メートルほど接道していて、その十メートルが約
百メートルほど細長く横に伸びた形になっていた。
かなりの長方形だが、家は国道側に建ち、西側には納屋(これ
を僕らはドウジと呼んでいた)と豚小屋が向き合うように建っ
ていた。
午後五時三十分を過ぎると父の運転するホンダ・ライフが突然
すごいスピードで国道側の正面入口から庭に突入してくるのが、
大相撲場所が開かれているときの我が家のお茶の間風景だった。
引戸から僅かな玄関土間で居間につながっていた旧家は、細長
い庭に面し、その庭はイコール父のための車道でもあったので、
ウインドウピクチャーのようなお茶の間風景の額縁の中を父は
勇ましく疾走していくのだった。
勤め先の小学校から猛スピードで帰宅した父は最もテレビが見
やすい定位置に座るやいなやじっと画面の大鵬に見入るのだっ
た。テレビはまだモノクロで、夏は蚊取り線香とハエ取り紙が、
冬は練炭の窒息しそうな怪しい臭いが季節感を醸し出していた。
庭にして車道のような細長い砂利敷の端にはコンクリートブロ
ック塀に寄り添うようにさらにやせ衰えた日本庭園があり、そ
こにニョキっと棲息する楠木にのぼって僕は庭の前に広がる田
んぼを見るのだった。
冬の田んぼはソフトボール場であり、初夏は水盤となり、夏は
緑田となって風に瑞々しくそよぐのだった。
田んぼは我が家の敷地と同じ1反の細長いものが二つ横に連な
り、その間を畦道が走っていた。その畦道は田んぼの泥を上げ
たものだったが、その畦道が行き着く国道も町道もまだ砂利道
だった。昭和三十年代では市内を走る主要道路である国道がま
だ砂利道なのも、そんなに不思議な光景ではなかったのではな
いかと思う。
国道側の家の軒先にはイチジクの樹が茂り、バキュームカーの
運転手がそのよく赤く熟したイチジクの実を欲しがって庭先に
現れ、美人の母に陽に焼けた太い顔でねだると、「あら、よか
ですよお!」と母も熱い声で応えたものだった。
あらゆるものに生気が宿り、明日に向かって向日葵のように華
開く時代だった。
僕は痩せ庭の楠木に登ってゴム銃で雀に狙いをつけ、鋼鉄の玉
を弾いた。銀色の弾丸は唸るように空中を貫き、雀の腹にぐさ
りと突き刺さったように思えた。雀は田んぼにスーと降りてい
ったが、後で不時着したと思われる地点に駆け下りてみると、
雀の影も形もなかった。
僕はゴム銃が得意ではなかった。裏山に年上の友だちと駆け上
がり、ゴム銃を握りしめて小高い草叢に滑り込むように隠れる
瞬間の映像は、今も何の気なしに不意に脳裏に蘇る。あのとき
の春の山の臭いが鼻腔に焼き付いて離れない。
今、庭の先にあるのは家ばかりだ。そこには水田も緑田もソフ
トボール場もない。子供たちはどこで遊ぶのだろう。この場所
はまだ郊外で庭先にメジロもやってくるが、それを射るような
悪童はいないだろうなあ。
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# by cafejien | 2008-03-06 23:47
2008年 02月 18日

出会いの場へ

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ジュリアさんと温ちゃんちへ。

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# by cafejien | 2008-02-18 18:59
2008年 02月 04日

インクルーシブデザインのワークショップレポート2

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2月3日(日)は九州大学USIにおいて第二回目のインクルーシブ
デザインのワークショップが開催されました。
一回目の反省と新たな研究視点から、今回はユーザーのニーズをい
かに引き出すかにフォーカスした内容になりました。
そこでブルーシートを用いユーザーのニーズをグルーピングしてい
き、結果的には空間ゾーニングとして幾つかの「場」をイメージで
きるところまで行きました。
前回に引き続き二度目のワークショップでしたが、建主候補の皆さ
んは根気よくお付き合いいただきました。結果としては、より一層
各ご家族が抱いていらっしゃるニーズが浮き彫りにされたように思
います。


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最後は建築家と建主さんがそれぞれ今回のワークショップの感想を
述べ、「神様も登場したで賞」などといったユニークな参加賞を受
賞! 家づくりに際してどのような思考が働くのか、建築家も建主
さんも大いに参考になったのではないでしょうか。
このワークショップの成果を元に4月には各建築家がリアルな住宅
プランを発表する予定です。イベントの日時が決まりましたらサイ
ト上で発表しますので、九州にお住まいの方はぜひご参加ください。
イベントでは、ユーザー参加型のデザイン開発手法のことや、この
ワークショップのプロセス、そしてその結果、建築家がどのような
キーワードを抽出し、そこにどんな個性を色付け、各自のデザイン
プランとして提案するのか、果たしてそのデザインはこれまでの建
築家の提案と異なったプレゼンテーションとなっているのか! そ
んなことをご覧いただけるものと思います。
では、どうぞご期待ください。
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# by cafejien | 2008-02-04 22:12
2008年 01月 28日

インクルーシブデザインのワークショップレポート

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1月27日(日)は九州大学USIにおいてインクルーシブデザインのワーク
ショップを行いました。場所はルネットという九州大学のサテライトスタ
ジオです。僕はUSIのアドバイザーなので、この企画のプランニングやコ
ーディネートをしています。
今回のイベントでは、インクルーシブデザインの手法を日本の家づくりに
活用できないか? というもの。九州大学が連携しているロイヤルカレッ
ジオブアート(RCA)のヤンキー・リーさんがコーディネーターとなって
会が進行。まずはインクルーシブデザインとは何かという座学を、今回ご
協力いただいた建主さんと建築家が受講しました。

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それから建築家が現在行っている設計プロセスを建主さんに説明し、それ
に対する建主さんの感想を建築家がプレゼンテーションしました。


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建主さんの好きなイメージや嫌いなイメージを確認。
建築家もお手伝いします。

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大切な物を新しい家の中にレイアウトしていきます。


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レイアウトができたら、いよいよ立体化していきます。
インクルーシブデザインはユーザ−参加型なので、建主さん自らが好きな
位置に好きな窓を描いたりします。
本当に建てたい家を自由に想像&創造する瞬間です。

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でも建築家が思わず手を動かし、慣れているのでついつい描きはじめて
しまう一コマも!! 


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こんな形の模型ができました。
もちろん、まだまだ未完成ですが、建主の心の中に眠っていたニーズが
あふれんばかりに詰まっています。

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最後はワークショップらしく、参加者全員への表彰式です。
「プロに徹したで賞」や「ご夫婦で妥協したで賞」など、ワークショップ
の経過をうまく賞にしてあって、ヤンキーさん、お見事! 

次は2月3日に第二回目のワークショップを行い、建主さんのニーズを十
分に確認した上で、4月に建築家のアイデアをプラスして、具体的な住宅
プランがプレゼンテーションされます。

建主参加型の新しい、そして楽しい家づくりのプログラムづくりになれば
と思っています。
皆さん、本当に満足できる家に住みたいですものねえ!!

プロトハウスでは、このプログラムづくりで学んだことを、より日本的に
アレンジし、ユーザー参加型の住宅づくりをコーディネートしていきます
ますので、ぜひご期待ください。
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# by cafejien | 2008-01-28 17:12
2008年 01月 17日

朝ごはんが美味しい12軒の幸福な家づくり

あけましておめでとうございます。
今年から、カフェ辞苑の書き方を“普通に”戻して、まあ気軽な日記形式と
いう、本来のブログ形式にしたいと思っております。
で、表題の「朝ごはんが美味しい12軒の幸福な家づくり」ですが、これは近
々はじまる「いい家づくり学習所」という新たな取組みの中で、プロトハウ
ス事務局として開く学習所のタイトルなんですね。
「いい家づくり学習所」とは、建主が「いい家」をつくるための基礎的な知
識や知恵を学ぶ場をつくろうということで、プロトハウスが事務局になって、
各建築家がそれぞれ学習会を開こうというものです。
さっそく丸谷博男さんが2月からこの学習所を開きますので、ぜひご参加いた
だきたいと思っています。
「朝ごはんが美味しい12軒の幸福な家づくり」では、今までにプロデュースし
た12軒の住宅を改めて取材し、家づくりのプロセスの中で建主が感じたことや
完成した住宅でどんな暮らしが営まれているのか、また、もうすこし改良の余
地があったらどんな家にしたかったかなど、これから家づくりを考えている方
に実践的なノウハウを伝えようという企画です。僕が取材し、このコーナーで
も紹介していきますので、しばしお待ちください。一応、2月から、福岡と東
京でこの「朝ごはんが美味しい12軒の幸福な家づくり」のことをお話しする学
習所を開きたいと思っています。
朝ごはんが美味しい家は、きっと家族の仲がいい家。家族が健康であることを
考えた明るい家です。そんな幸福な家をどうすればつくることができるんだろう!
なんてことを伝えたいと思っています。
今日はちと風邪気味なので月の舎でストーブに当たりながらブログ書いたりし
ています。左側頭部に頭痛があり、やや憂鬱なれど、今年は肩の力を抜いてじ
っくりいこう、などとまたまた真面目に考えています。
今年は、他にも「地域スタイルの家」という企画も進めていきます。これは今
までの住宅企画づくりとは視点を変えたユニークな取組みです。これも春には
発表したいと思います。
今年もじっくりゆっくりスローハウジングでいこうと思います!
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# by cafejien | 2008-01-17 11:26
2007年 12月 21日

【椅子日和】

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…ねえ、腰掛けてよ〜、と椅子が呼ぶ声がする穏やかな一日。

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# by cafejien | 2007-12-21 17:13
2007年 12月 20日

【教育遺伝子】

…人に何かを教えたくなる遺伝子。あなたにも眠っているかも?
<例のコラム>
 父は教育者だった。
 小学校で三十数年教壇に立った後で大学で学生たちに教育の
現場を教えるためにさらに数年大学の教壇にも立った。
 その教育者としての遺伝子が確かにあるらしく、僕も人に何
かを教えるのが好きなようだ。先日も、ある建主候補の方がい
らっしゃった際に、あまりに詳しく建築家との家づくりの大切
なポイントを語ろうとする僕を見て、傍でそれを見ていたスタ
ッフが後でいい意見をくれた。建主候補は“お客様”として来
場しているのに、それに対する僕の態度は客扱いではなく、教
え諭すという感じだったので、お客さん的には違和感があるの
ではないか、というのだ。
 なるほど! もっともだ。気をつけよう! と素直に納得す
ればいいのだが、そこがどうもうまくいかない。そもそも僕は
建主候補者をお客様とは思っていない節がある。お客様とは思
っていなくて、「共鳴関係にある人」というような感じになれ
ればいいなあ、と思っているのだ。そこで、ついつい良かれと
思って「いい情報」を教えてしまう。
 今日は、九州大学の学生たちに講師として「いい情報」を教
えてきた。
 年に数回、こうやって学生たちに家づくりの「いい情報」を
教えるのは僕にとっても情報を整理するいい機会なので役に立
っている。
 今回の講義の内容は「スローハウジング/失われたプロトハ
ウスを求めて」。フランスの文学者プルーストの「失われた時
を求めて」にひっかけたタイトルである。
 僕の推進している活動を、日本の家の失われた基本形を探し
求めるものとして位置づけ、そのために雑誌をつくったり、著
作活動をしたり、マッチングシステムにインクルーシブデザイ
ンの手法を取り入れたりとしてきた足跡を語り、その都度の気
づきと新たなチャレンジがスタートしたことに言及した。実際
にプロデュースした住宅をスライドで見せながら、その隠れた
顛末となぜそうなったのかという人生のシナリオについて触れ
家づくりの可能性と未開の部分を語った。大戦とその後の高度
経済成長を経て失われていった日本の住宅の在るべき原形は果
たして再生されのか? 僕の教えの上に、学生たちがさらなる
イマジネーションを描くことを僕は期待して、そのヒントとな
るような発想の着眼点をちりばめたつもりだが、うまくいった
かどうか?!
 ただ僕の教育遺伝子だけは、そのとき活発に自律運動してい
たことだけは確かな事実である。
 
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# by cafejien | 2007-12-20 17:43
2007年 12月 02日

【限界集落】

…消滅一歩手前の集落
<例のコラム>
テレビのサンデープロジェクトで「限界集落」について報道していた。
人口に占める老人の比率が高くなり、経済活動にも影響を及ぼしてもは
やその集落の存続が危ぶまれるようになった状態を限界集落という。
くだらないバラエティ番組や似たようなニュースが連呼するように垂れ
流される時代、テレビの真価が問われている。もっとこんな本当の情報
価値の高い報道こそが欲しいものだと考えさせられる内容だった。
番組では、日本の食料自給率が40%を割って、39%になったとも報じ
ていた。やがて水不足が地球規模の深刻な事態を招くだろうと指摘する
専門家もいるが、食料と水は切っても切り離せない。この先、この国で
は安定した食生活が約束されるのだろうか。
番組では、限界集落に陥った主因が国の林業政策にあるとし、補助金目
当てに地方の市町村が天然の広葉樹の森を切り開き、次々に針葉樹を植
樹していった事実を挙げた。その挙げ句、林業政策の行き詰まりでお金
にならなくなった針葉樹の森が放置され、台風でもないのに土砂崩れが
起っているということを伝えた。
針葉樹の森とは、杉や檜を人工的に植樹した森のことである。杉や檜は
無垢の構造材として「地元の木で家を建てる運動」や「地産池消活動」
の一環として、今でも“国産材にこだわる”工務店などによって使われて
いるが、おそらくそれでは需要供給のバランスを保つという経済レベル
にまでは追いつかないのだろう。経済という視点では、一般的にはどう
しても、価格的に安い外材が使われがちなのである。また、性能という
点では、カナダ栂や米松などのほうが強度的に構造材には適していると
指摘する工務店もある。
いすれにしても、20年後、30年後を見誤った林業政策のツケが巡り巡
って限界集落は誕生したのだろう。この根本には、日本という国をどう
創造していくのかというビジョンが不可欠である。そこには、森林国で
ある日本の国土や自然環境の中では、どのような住宅を建てることがい
いのかということと、どうも右に習え的模倣習慣のある国民性という二
つの側面を見据えて想像をすることが必要であったと僕は思う。つまり
ダイナミックなマーケティングとそれに基づく商品開発の思想が不可欠
だったのだが、誰もそんなことはしなかったし、今もしようとしていな
い。問題が顕在化してから後追い的に法律が変わるのは、建築基準法も
薬事法も同様である。官僚は他人事でしか物事を想像できず、偏った専
門家の声しか官僚の先の立法には届かない。
もっと現場の人の意見に耳を貸すべきなのに、この国ではそんな簡単な
ことさえできない。年末になると予算消化のために道路が掘り起こされ
る非効率的は贅沢ではなく国を脆弱化させるものなのに、数字を優先す
る行政とその甘い習慣の下でしか温々とできない土建体質も、その先に
限界集落を描いてはいないだろうか。
「200年住宅」という施策を国が推進しようとしているという記事を最
近読んだが、ここでも「200年」という数字だけが先走りしないことを
願う。大切なのは、この国の気候風土と国民性を鑑みた現場の知恵を活
かした商品企画だ。
番組では、ある村が国の押しつけのような林業政策をつっぱね、独自の
「複合経営」という理念をかかげ、針葉樹ではなく広葉樹の森を増やし、
シイタケや栗や茶などを生産できる“複合的な森”づくりを進めた結果、
近隣の市町村が限界集落を多く抱えるのに対し、その村だけは限界集落
がひとつもないことを報じていた。ある一人の森林組合長が断固として
国の意見に首を縦にふらず365日事務所に泊まり込んで森づくりの在り
方を村民とともに考えたたのだという。その強烈なリーダーシップに涙
もろい僕は感動の涙をうっすらと浮かべつつ、「シイタケの生産日本一」
にまでなった我が村の今と歴史を誇らしげに語る元気な村民たちの笑顔
をブラウン管越しに観たのだった。この素敵な笑顔たちに比べ、殺風景
な事務室の中でインタビュアーに対し「これだけの木材生産ができるだ
けの林業政策を実現できたのだから、我々の政策は決して間違ってはい
なかった」と語る林野庁の職員のなんと力のなかったことだろう。
その小さな村の森林組合長の想像力は、林野庁のエリートたちの想像力
を遥かに超えて豊かだった。その村の人は誰しもがその男のことを尊敬
しているのだ。
「あの人がつくった森で、僕らはこの土地で獲れるものをしっかりと作
り続けるだけです」
と笑顔で語り、シイタケ栽培農家の人はこんもりとした森を見上げた。
非専門家に、紙の上の数字だけを追わせる想像力の欠片もないこの国の
限界は、今、至るところで噴出している。
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# by cafejien | 2007-12-02 15:20